2023年11月11日土曜日

シベリウス:交響曲第6番ニ短調作品104(サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

ロシア周辺に位置する国々は様々な形でこの大国の干渉を受け、時には戦火を交えている。フィンランドもまたその例外ではなく、1918年にロシアから独立するまではロシアの一部だった。交響曲第6番はこのような時期に作曲された。シベリウスという作曲家は、フィンランド独立の歴史と切り離して語ることはできない。しかし音楽自体からはそうした背景を感じるようなものではなく、むしろ他の多くの作品と同様に北欧の自然を映したような、純粋で透明感の漂う作品である。私はこの作品こそ、親しみやすく音楽的にも充実した作品として認識を新たにした。

第1楽章は清涼感の漂う静かな序奏で始まる。この感覚が非常に美しい。一気にシベリウスの世界に入ってゆく。やがて木管楽器が孤独感を醸し出すメロディーを吹き始める。寂しいのだが湿度は感じられない。その中から速い主題が現れて疾走するような部分に転じる。この変化していく部分が大変きれいで素敵だと、初めて聞いた時に思った(それはカラヤンの演奏だった)。この主題こそが第1主題で、それまでは前奏だと思っていたのだが、実は第2主題だそうである。

細かくリズムを刻みつつ、大空の中に太陽が昇っていくような雰囲気は、真っ青な大空を眺めているようなイメージを私に抱かせる。この作品にはハープが使われている。飛び立つ白鳥のようなアクセントを加えながら、速い音楽はやがてゆっくりと落ち着きを取り戻し、あっけにとられるような終わり方をする。

第2楽章に入ると木管楽器がゆったりとしたメロディーを吹き始め、氷上の白鳥はしばし一休み。物憂い表情も見せるが、後半小刻みなミニマル音楽風メロディーに速度を上げたかと思うと、次第に明るいメロディーへと移っていく緩徐楽章である。この楽章もあっけなく終わる。

3分余りと短いが凝縮されたようなスケルツォ風第3楽章を経て終楽章へと入ると、同様に速いがより深刻で切羽詰まったような感じになる。ここで頭角するのがコラール風のメロディーで、途中から次第に明るさも垣間見えるあたりは祈りのような部分でもある。この作品は、すべての楽章で静かに終わるのが特徴だ。

イギリス人指揮者にシベリウスを得意とする人は多いが、サイモン・ラトルもまたその一人だろう。私はまだ彼が30歳の若手だった頃、フィルハーモニア管弦楽団と来日した際にシベリウスを聞いている。この時は第2番の交響曲だったが、あっけにとらわれるような高速の演奏だった。あれから40年近くが経過したが、この間に2組の交響曲全集をリリースしている。私がこのたび聞いたのは、このうちの後の方でオーケストラはベルリン・フィルである。

ベルリン・フィルの機能性を最大限に生かしつつ、ラトルらしい集中力と迫力を感じさせながらオーケストラをドライブしている。この作品の作風に、ラトルの演奏がとても合っているように感じた。

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