2023年11月7日火曜日

辻本玲チェロ・リサイタル(2023年11月4日、Hakujuホール)

NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務める辻本玲のチェロ・リサイタルを代々木にあるHakujuホールで聞いた。オーケストラ作品やオペラが専らの私が室内楽のコンサートに出かけるのは珍しいので、そのことから書き始めなければならない。

今から5年余り前の2018年4月、私はピエタリ・インキネン指揮日本フィルの演奏会に出かけた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2018/05/6992018427.html)。その時私はワーグナーの「指環」をオーケストラのみによるダイジェストに編曲した「言葉のない指環」(ロリン・マゼール編)を聞いたのだが、その中に大変印象的にチェロ弾く人を見つけた。普段はそのうようなことをしないのだが、私はそれが誰であるかをプログラム冊子で確かめたほどだった。ほどなくして私の高校の同窓会が東京で開かれ、何とそのチェリストが卒業生のゲストとして招待されていることを発見した。それが辻本玲だったのだ。

急に身近に思えてきた彼の演奏を、同じように素晴らしいと感じた人も多いのではないかと思う。そして2020年には何と、日フィルからNHK交響楽団に移り、今ではテレビ中継もされる定期公演などで良く見かける。高校の同窓会誌に彼を応援する会のことが掲載されていたのを発見したのは今年。私の親の世代が中心の会だが、私もさっそく会員になった。その会報(メルマガ)には、彼の出演する演奏会がリストアップされている。そして一度、リサイタルでもと思っていたところ今回のコンサートを発見、急いで席を確保した次第である。

毎年何度か、リサイタルを開いているようだが、今回の会場はHakujuホールというところで、私も初めて出かけた。原宿や渋谷から歩くこともできるが、最寄りは代々木公園駅である。休日ともなると人通りが多いこの界隈には、お洒落な飲食店が立ち並び、外国人の姿も多い。11月とはいえ、季節外れの暑さが続く今年は、晴天が続いている。私は原宿のカフェで時間を調整し、遅れないように会場に入った。以下、その時の感想文で会報に投稿したものを転記することとしたい。

私は辻本さんのリサイタルも、Hakujuホールに行くのが初めてでしたので、行き先を間違えることもなく、出口で迷うこともないように万全の準備をして出かけました。ところが会場へ着くとその入口に張り紙が掲示されており、何とピアニストが沼沢淑音さんから大伏啓太さんに交代、それにともなってプログラムの一部が変更になるとのことでした。

もともとのプログラムは、ハイドン(古典派)からシューベルト(ロマン派前期)を経てラフマニノフ(ロマン派後期)に至る素敵なプログラムを期待していたのですが、お怪我をされてとのことで、繊細な楽器を操る芸術家にはこういうこともあろうかと思った次第です。

シューベルトのアルペジオーネ・ソナタの代わりに演奏されるのが、しかしグリーグのチェロ・ソナタイ短調と書かれており、同じ国民学派の音楽を堪能することもできるということで、それはそれで期待が高まりました。 
ハイドンのディヴェルティメントニ長調という曲を聞くのは初めてでしたが、私は全交響曲を聞きとおしたこともある大好きな作曲家で、骨格のあるかっちりとした中にも、それとなく技巧的な部分もある作風に惹かれています。短い作品でしたが、たっぷりとした辻本さんのチェロに聞きほれました。マイクを持って大阪弁の辻本さんが、ピアニスト交代に至った経緯などを説明し下さりました。直前のことだったので、短い期間にプログラムをやりくりしたのは大変なことだったと推察します。しかし次のグリーグはまるでブラームスのように濃い作品で、北欧のリリシズムを期待していると裏切られる結果となりました。 
Hakujuホールは私にとって、ちょっと残響が多く、特にピアノの音がダブって聞こえるようなところがああるような気がしますが、次の「ヴォカリース」とチェロ・ソナタト短調に関しては、私は作品と演奏に没頭し、そこで展開されるロシアの響きにうっとりとする時間でした。 
晩秋(といっても今年は暑いですが)ほどラフマニノフが似合う作曲家はないように思います。それは私がかつて岩手県をドライブしていた時、紫波町にあるレコード収集家の「野村あらゑびす記念館」に向かっていた時でした。11月の寒い日ににわか雨が降り、そのあと見事な虹が現れたとき、ラジオからラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れてきたのでした。濡れて鮮やかに蘇った紅葉に青空と途切れる雲、晴れたと思ったら小雨が交じるその向こうに、広大な平野と山々が見えました。岩手はラフマニノフ、というのが私の思い出です。演奏会の2日前の日経コラムに、その岩手出身の宮沢賢治とクラシックに関する記事が載っていたのを思い出しました。
辻本さんも出かけたことがないところを想像しながら音楽を演奏する、というようなことを話されましたが、私はチェロと岩手とラフマニノフが結びついており、なんかそんな変なことを考えながら、演奏を聞きました。
アンコールには、今回演奏されなかったシューベルトから「アヴェマリア」を、さらには定番のピアソラ作曲「オブリヴィオン」を演奏されました。いずれも思いに満ち深々としたた演奏で、秋の快晴の昼下がりを堪能した一日でした。そのあと妻と伴に渋谷まで歩き、日本シリーズ観戦のお供に夜の総菜を買って帰ることができました。 
2023年11月2日 日本経済新聞夕刊

0 件のコメント:

コメントを投稿

日本フィルハーモニー交響楽団第761回定期演奏会(2024年6月7日サントリーホール、大植英次指揮)

日フィルの定期会員になった今年のプログラムは、いくつか「目玉の」コンサートがあった。この761回目の定期演奏会もそのひとつで、指揮は秋山和慶となっていた。ところが事前に到着したメールを見てびっくり。指揮が大植英次となってるではないか!私の間違いだったかも知れない、といろいろ検索す...