2025年10月14日火曜日

NHK交響楽団第2045回定期公演(2025年10月10日サントリーホール、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮)

御年98歳の世界最高齢指揮者が、一か月間も東京に滞在して3つのプログラム(計6回)の演奏会に挑む。それを聞いただけで、これは得難い経験になるのではと思うのが人情と言うものだろう。その演奏の良し悪しがどうのこうのという前に、まず長い移動時間を耐えて日本へ飛来し、何回もの練習をこなし、そして舞台に登場する。若ければ当たり前のこのような営みを、ある程度年を取った人なら驚異的だと思うに違いない。とりわけ私のように持病があると、海外旅行など相当な覚悟が必要なのだから

2025年10月10日、サントリーホールで行われたNHK交響楽団の第2045回定期公演(Bプログラム2日目)に、私は定期会員として出かけた。今回のプログラムは、スウェーデン系米国人ブロムシュテットに相応しくすべて北欧系の曲。まずグリーグの組曲「ホルヘアの時代から」に始まり、続いてニルセンのフルート協奏曲。後半はシベリウスの交響曲第5番である。ここでフルート独奏は、スイス生まれのセバスティアン・ジャコー。彼は日本での演奏は数多いようだが、私ははじめて聞く。

前半の2曲は編成が小さく、並べられた舞台上の椅子の数も少ない。対向配置されえた第一バイオリンとチェロの間を、オーケストラのメンバーに混じって、ゆっくりと歩行器につかまりながら巨匠が登場すると、会場からはブラボーの掛け声とともに、より大きな拍手に見舞われた。係員に見守られながら自力で指揮台に登り、慎重に専用の椅子に腰掛ける。第一ヴァイオリンの椅子が再び元に戻され、おもむろにチューニングが始まった。

このようにしてグリーグの組曲「ホルヘアの時代から」が始まった。前奏曲から始まるノルウェーのやや物悲しい風情に満ちている。N響の弦の暖かな音色が自然に響いている。テンポはむしろ速めで、頭脳は明晰であるのか指揮の衰えを感じないのは驚きである。ゆったりと叙情的な中間部も、チェロのソロなど聴きどころの多い曲だが、終曲でコンサートマスターの郷古廉が、印象的なソロを聞かせる。

ところでブロムシュテットのグリーグといえば、私は「ペールギュント」の演奏が、青春の音楽と言っていいぐらいの愛聴盤である。特にシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した古い録音は、当時としては珍しい劇音楽としての全曲もので、私は学生時代、それこそ毎日のように聞いていた。このことについては、またあたらめて書こうと思う。

丁寧な「ホルヘアの時代から」が終わり、マエストロは一旦舞台裏へ。間おおかずして、今度はフルーティスト、ジャコーと共に登場。デンマークの作曲家ニルセンの「フルート協奏曲」が始まる。この曲は初めて聞く。ニルセンはグリーグより20年ほど後の作曲家で、シベリウスと同年代。その晩年の作品である。

ここで私は、この曲が非常にめずらしく、バス・トロンボーンが使われ、しかもフルートとの掛け合いをするのがとても新鮮だった。しかもそこにティンパニが加わるのである。オーケストラの中に3つの頂点を結ぶような舞台上のやりとりを、いつもの2階席右寄りより眺める。2楽章構成の短い曲が終わって、ジャコーはアンコールにドビュッシーの「シリンクス」という曲を披露した。

さて記録によれば私は、これまですべてN響でブロムシュテットを計7回聞いている(今回が8回目)。その中には記憶に鮮明なものもあれば、そうでないものもある。とりわけ印象に残っているのは、モーツァルトのハ短調ミサと、シベリウスの交響曲第7番だった。敬虔なキリスト教徒であり、特にストイックな性格からか、厳しい練習が課されるとN響メンバーがインタビューか何かで言っていたのを聞いたことがある。しかるに真面目な日本のオーケストラとの相性は、良かったのだろう。私が東京で初めてN響の定期を聞いた頃には、ずでに名誉指揮者として毎年のように来日していたが、それが40年を経てもなお続いていることは、両者関係が極めて強い信頼関係で結ばれていることの証であろう。

この時のシベリウスの名演奏は、そのままCDにしてもいいと思った。他の指揮者での経験も合わせると、N響とシベリウスの相性はとても合っている、と私は思っている。だからあの飛び立つ白鳥のモチーフにした、明るく伸びやかな交響曲第5番がプログラムに上った時、これは聞いてみたいものだと思った。そしてその時が来た。

澄み切った透明な早朝の湖。私がイメージするこの曲の第1楽章は、そこに一羽の白鳥がまさに飛び立たんとしている光景である。N響の音がややぎこちなく聞こえたが、それはむしろ白鳥が飛行に備えて、試行を繰り返している時の様子にさえ感じられた。後半になると、大空へ舞っていく。

第2楽章は民族的なムードを感じ、この曲の持つまた別の美しさを感じるのだが、それも第3楽章に再び飛来する白鳥の主題への、ちょっとした間奏曲のようでもある。広大な自然の中に、大きく羽ばたいていった白鳥たちの飛行が、間を置かずしてクライマックスを迎え、簡素ながらも壮大なコーダを築くとき、得も言われぬ幸福な感覚が私を襲うのだった。

指揮者は各パートごとに楽団員を立たせ、抱擁と握手を交わす。高齢者にこれ以上の負担を強いるのは、やや酷ではないかと思われるものの、鳴りやまない拍手に応えて舞台に再度現れたマエストロには、盛大な拍手とブラボーが送られた。盛況のうちに無事第1回目のプログラムが終了した。今月はあと2種類のプログラムを指揮する予定であり、それらは広大なNHKホールを連日満席にしているようだ。そして何と、来シーズン(100周年記念)にも来日することが発表されている!御年99歳になっているであろうマエストロは、ブラームスとブルックナーを指揮することが決まっているそうである!

NHK交響楽団第2045回定期公演(2025年10月10日サントリーホール、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮)

御年98歳の世界最高齢指揮者が、一か月間も東京に滞在して3つのプログラム(計6回)の演奏会に挑む。それを聞いただけで、これは得難い経験になるのではと思うのが人情と言うものだろう。その演奏の良し悪しがどうのこうのという前に、まず長い移動時間を耐えて日本へ飛来し、何回もの練習をこなし...