連休の始まりにふさわしい明るい曲を、と最初は思った。しかし、どこか進んで陰鬱な気分に寄り添ってくれる音楽はないだろうか、と考えたとき、ふとシューマンのヴァイオリン協奏曲を思い出した。そういえば、この曲についてはまだ書いていなかった。
「のぞみ」が小田原を通り過ぎるころ、Spotifyでこの曲を再生した。ヴァイオリン独奏はアンティエ・ヴァイトハース。調べてみると、私と同い年の1966年生まれのドイツ人女性だという。指揮はアンドルー・マンゼ、オーケストラは北ドイツ放送フィル。2020年の録音。彼女は室内楽的な活動を中心にしているようだ。日本での知名度は高くないが、誠実で温かい演奏をする人だと感じた。
今でこそ録音は増えたが、この曲は大作曲家の作品にしては演奏される機会が少ない。もしかすると、演奏家を選ぶ曲なのかもしれない。澄んだ音で、アクセントをきっちり刻み、六度跳躍のような難所をしっかり決められれば、シューマンらしい印象的な音楽になる。ブラームスにも言えることだが、シューマンはより繊細な注意が必要なのだろう。しかし、このヴァイトハースの演奏は、マンゼの献身的なサポートもあって、メリハリがあり、とても美しく仕上がっている。
この協奏曲はシューマンの遺作であり、死後長い間、日の目を見なかった。だが、紛れもなくシューマンの音楽であり、第1楽章の広がる感覚は、まるで平野の空をグライダーで滑空するようだ。ワーグナー的とでも言うか。
列車が天竜川を越えるころ、雨は上がったが、空はまだどんよりしている。今日の新幹線の車窓から眺める新緑の景色は、この曲によく似合っている――そんなことを思っているうちに、長い第1楽章が終わった。列車は浜名湖の湖面をかすめるように走り抜けていく。
第2楽章は第1楽章に比べると短く、ゆったりとした夢を誘うような美しい音楽だ。ヴァイオリン協奏曲における長大な第1楽章、短い緩徐楽章、そしてロンド風の第3楽章という構成は、ベートーヴェンが確立し、ブラームスやチャイコフスキーも踏襲した形式である。シューマンもまた、その伝統の中にいる。第2楽章から第3楽章へと切れ目なく続く構成は、全体に明るく健康的な印象を与える。
しかし、クララ・シューマンはこの曲を「決して演奏しないように」と忠告したという。理由は、シューマンがライン川に身を投じる直前に書いた「天使の主題による変奏曲」と酷似しているからだとされる。結局、この協奏曲が初演されたのはナチス政権下の1937年。依頼を受けたヨアヒムではなく、ゲオルク・クーレンカンプがカール・ベーム指揮ベルリン・フィルとともに演奏し、その模様は短波放送で全世界に流されたという
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