そんな寒い日に明るく静かな外を眺めながら、引きこもりの生活を送っていると、アルベニスの「スペイン組曲」を聞いてみたくなった。もっとも私が持っているCDはピアノ用の原曲をギターのために編曲をしたもので、パラグアイのギタリスト、マヌエル・バルエコによる1990年の演奏である。

「スペイン組曲」は8つの部分から成っているが、バルエコは演奏順を少し変えている。
1)第6曲「アラゴン」
2)第7曲「キューバ」
3)第4曲「カディス」
4)第5曲「アストゥーリアス」
5)第8曲「カスティーリャ」
6)第1曲「グラナダ」
7)第2曲「カタルーニャ」
8)第3曲「セヴィーリャ」
ここで最も有名なのは「アストゥーリアス」だろうが、それ以外の曲もいい。これらはその通り、スペイン各地の雰囲気を題材としている。もちろん「キューバ」は当時スペイン領だった。なおアルベニスはカタルーニャ地方の出身である。バルセロナを中心とするカタルーニャ地方は、言語も文化もスペインとは異なるが、ここではスペインの一部として扱われている。
私はその光溢れるスペインを二度しか訪れたことがない。しかもそれぞれ数日しか滞在していないから、「行っただけ」というのが正しいかも知れない。そもそも少し前までスペインは、旅行しにくいところだった。内戦や軍事独裁政権が長く続いたからか、旅行者を寄せ付けない。日本からも遠い。結局イベリア半島に興味のある学者か、スペイン語学習者くらいだっただろう。それでも私が最初にスペインへ行った1980年代の中頃には、すでに西側諸国の観光国になっていた。物価は安いが列車はよく遅れる国、というのがガイドブックでの決まり文句だった。
学生だった私はまずバルセロナに到着し、その夜の急行でセヴィリャに向かう予定だった。ところがこの列車が何時間も遅れ、乗継に失敗したのだった。砂漠の中の小さな駅で途方に暮れていると、これも遅れて到着したマドリッド行き特急列車が到着し、私はそれに飛び乗った。砂漠の中をくねくねとひた走るタルゴ列車は空調が効いていて涼しかった。けれどもそのせいで、数々のオペラの舞台となったセヴィリヤにも、アルハンブラ宮殿のあるグラナダへも行くことができなかった。その代わりに中世の城塞都市の雰囲気を残す灼熱のトレドに行くことはできたし、その途中にアランフェス協奏曲の町、アランフェスを通ることもできた。
2度目は90年代に入ってからで、オリンピックを間近に控えたバルセロナからバスでピレネー山脈を越えフランスへ向かった。街は活気に溢れ、景気が良くなっている様子が感じられた。けれどもバスが通過する周囲の村々は、丸で時間が止まったかのように建物は朽ち、中央の広場に古い教会がそびえていた。その印象は、カラフルな国旗とは反対の、モノクロ映画のような光景だった。
砂漠に囲まれた乾燥した土地は、ヨーロッパであってヨーロッパらしくなく、なめらかな言葉を話す人々の心は、むしろ複雑で深い情念を内に秘めたかのようだった。「スペイン組曲」を聞きながら、昔の旅行の断片と、行くことのできなかった多くの地方を想像した。東京で見る冬の青空が、スペインにも繋がっているように思えた。
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