台北でお正月を迎えた際、地元のテレビでウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの中継をホテルで見た。今年の指揮者はベネズエラ人のグスターボ・ドュダメルで、最も若い指揮者としての登場(35歳)である。その指揮ぶりは常に健康的な陽気を伴い、若々しくて楽し気なものであった。このような時ウィーン・フィルの楽団も終始楽しそうである。初めて聞く曲がほとんどであるにも関わらず、飽きることはなかった。
ヨーロッパにいかに経済不況や難民が押し寄せようと、ウィーンからのこの中継は、いつもと同じ趣向で安心して聞くことが出来る。苦境の中にある人生を忘れさせてくれるひとときである。ドュダメルの指揮は成功だったなあ、などと思いながら帰国してみると、2008年にあの輝かしいニューイヤーコンサートを務めたジョルジュ・プレートルが亡くなったことを知った(1月4日死去、享年92歳)。マリア・カラスとも共演した老齢の指揮者だったが、やはり何か悲しい。思えばニューイヤーコンサートの指揮台に立つと発表されたとき、これは面白いことになるぞ、と期待に胸を膨らませた。そしてその演奏は近年の中では大成功だったのではないか。その思い出に2008年のコンサートを収録したCDを聞いてみた。
この演奏の特徴は、ウィーン・フィルの自主性に大いに委ねながらも、プレートル自身がここは、と思うフレーズをゆっくりと、溜を取りながら指揮をすることである。ティーレマンもそういうときがあるが、プレートルのそれはスケベ心丸出しである。すると無視するわけに行かなくなったオーケストラは、やはりテンポを落とさざるを得ない。やがてもうこれ以上遅くすると音楽が壊れる、という瀬戸際になって、今度はオーケストラに主導権が移る。この瞬間を作為的に見えないように、いかにも自然にそうしている。おそらくオーケストラのメンバーはこの指揮者の心を読みつつ、対応しているのであろう。その見事な阿吽の呼吸が、聞いているものにまで伝わる。
例えば2番目の曲「オーストリアの村つばめ」でも早々にそのシーンが現れる。ところが、そうでない部分、そしてワルツ以外の曲での指揮ぶりは単純である。いやここでも虚栄心が勝ってテンポがすこしずつ速くなったりする。そういうわけで、この演奏の魅力は大ハッスルする老人指揮者に、見事に寄り添うながらも控えめな立場に徹するオーケストラの素晴らしさである。ただこの関係も行き過ぎると疲れるもので、2010年のコンサートでは「もういい加減にすれば」といった感じになってしまったようだ。
もう一つの成功理由は選曲だ。初めて迎えるフランス人指揮者のためにフランスにちなんだ曲を集めたようだが、シュトラウスの作品にこうもフランスにちなんだ曲があったのか、と驚くくらいである。そこには「カンカン」もあり(オルフェウス・カドリーユ)、ラ・マルセイエーズの節も聞こえる(ワルツ「パリの女」)。それ以外にも冒頭の「ナポレオン行進曲」からワルツ「パリ」に「ヴェルサイユ・ギャロップと、よくもこんなに並べたな、と思うようなプログラム。ウィーンと並ぶ音楽の都パリは、やはりハプスブルク家と婚姻関係まで結ぶ貴族文化の中心地なのだから、まあ当たり前と言えば当たり前なのだが・・・。
選曲の今一つの特徴は、さらにフランスにとどまらず、世界中の音楽とリズムが流れる曲を並べたことだ。「インディゴと40人の盗賊」、ロシア行進曲、中国人のギャロップ、「インドの舞姫」といった曲である。これらはあまり知られていないが、こういう時に一気に取り上げたという感じ。ただ面白いのはどの曲も、どういうわけかフランス風の軽やかなメロディーとなって、聞くものの耳に溶け込んでいく感じである。あの「皇帝円舞曲」の序奏やコーダにいたっては、何かホフマンのバッカナールを聞いているような感覚に囚われた。
CDで聞く音楽も良いが、ビデオで見る指揮姿も忘れられない。もともとプレートルという指揮者はそんな器用な指揮をするわけではなく、経歴の割にはさほど名演奏が残っているわけではない。メジャー・レーベルではオペラ指揮者として有名で、私もカラスの歌う「カルメン」や、ゼッフィレッリの演出したオペラ映画「道化師」で知っていただけである。それでも年齢を重ね、ユーモアのセンスをむき出しにしてウィーンの指揮台に登場した巨匠は、その一世一代の晴れ舞台を大いに楽しんでいる。できればこれはビデオで楽しみたい。でも我が家に薄型のテレビとブルーレイ・レコーダーが設置されたのは2008年の春で、元旦の放送には間に合わなかったと記憶している。
【収録曲】
1. ヨハン・シュトラウス2世:ナポレオン行進曲 作品156*
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」 作品164
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ラクセンブルク・ポルカ 作品60
4. ヨハン・シュトラウス1世:ワルツ「パリ」 作品101
5. ヨハン・シュトラウス1世:ヴェルサイユ・ギャロップ 作品107
6. ヨハン・シュトラウス2世:オルフェウス・カドリーユ 作品236
7. ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世:ギャロップ「新聞広告」 作品4
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」 作品340
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ブルエッテ」 作品271
11. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
12. ヨーゼフ・ランナー:ワルツ「宮廷舞踏会」 作品161
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」 作品204
14. ヨハン・シュトラウス2世:ロシア行進曲 作品426
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「パリの女」 作品238*
16. ヨハン・シュトラウス1世:中国人のギャロップ 作品20
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」 作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「インドの舞姫」 作品351
19. ヨーゼフ・シュトラウス:「スポーツ・ポルカ」 作品170
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 作品228
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