出身地大阪を舞台にした作品を読むのが好きであると言った以上、この池井戸潤の代表作「オレたちバブル入行組」もまたそのひとつであると言わねばならない。この作品はテレビドラマにもなって高い視聴率も獲得した「半沢直樹シリーズ」の最初にあたる作品で、もちろんすべてフィクションである。だがなかなか面白い。それは丁度私もまたこの世代(いわゆるバブル世代)に属するからであろうか(ちなみに私の大学卒業時の就職活動は、この小説に描かれたとおりである。しなしながら大学院へ進学した理科系の私は、就職時点ですでにバブルははじけており、その恩恵にはほとんど浴していない)。
私はそのテレビドラマシリーズを見ていない。仕事と子育て(私は半分以上、これを分担している)に追われて連続ドラマなど見るチャンスはなかったのだ。だが不思議な時にそのきっかけは訪れた。2015年秋、香港へ向かう全日空機の中で、このドラマを見ることできたのである。ところが香港までの飛行時間は4時間ほど。途中機内食が出たりすることもあって、実際に見たのは最初の部分のみであった。いつかはすべてを見てみたいと思いつつ、1年以上が経過した。
そもそもは小説なのでそれを読めばいい。ということでやっと取れた長期休暇に、この作品を持参して読んだ。 特に後半はビデオも見ていないので、なかなか読みごたえがあった。暮れていくサムイ島の太陽が、ヤシの木に隠れ始めるまで私はその海に面したプールサイドで、波の音とたわむれながら忘我のひとときを味わった。
さて私は大阪市に生まれた。西区北堀江は、その中心部。そごうや大丸といった老舗の百貨店が立ち並ぶ心斎橋から、カジュアル衣料で有名なアメリカ村を通って西に向かうあたりである。この付近にはむかしから中小の鉄鋼問屋が集まっているという、小説の舞台設定がまず私の気を引く。
私が生まれた頃、私の祖父母はこの付近(小説にも登場する新町である。東京中央銀行西大阪支店の担当区域ということになっている)で小さなクリーニング店を営んでおり、そういう関係で出入りしていた銀行員とも仲が良かったようだ。だがそれはバブルの前、小説が盛んに書く古き良き銀行の時代である。
私がその後移り住んだのは千里ニュータウンで、ここもまたテレビドラマでは、半沢一家の住む銀行の社宅として登場する(ただし小説では千里とは書かれていない)。私の通っていた中学校は超マンモス校で、3つの小学校から生徒が集まってきていたが、その一つの校区が東京からの転勤族が多かった。もともと転勤世帯の多い千里ニュータウンでは、数年おきに転勤を繰り返す同級生もいて、そういう家庭はたいがいが金融関係の仕事を持つサラリーマンであった。思い出すのはA君で、秀才の彼はどんな金持ちの家かと訪ねていったら、そこは富士銀行(今のみずほ銀行)の社宅で、いわゆる団地と同じ間取りの小さな家に家族5人が暮らしていた。
千里のある豊中市が私の故郷なのだが、その豊中市の中学校で同窓の関係にあるのが、浅野支店長(東京からの転勤組)と西日本スチールの東田社長ということになっているから、この物語がたとえ作り話であっても私には妙にリアリティーを感じる。
さてそのストーリーだが、これは粉飾決算をめぐる債権回収の話である。ただテーマにしているのは銀行員とその家族の宿命のようなもので、いかに多くの犠牲を払いながらも日本のサラリーマン生活が形成されているかをこれでもかとばかりに暴いて見せるその力強い文章が魅力的である。銀行ではなくても日本の会社はどこも、これと共通したものがある。少なくともバブル以前からある会社はどこも似たようなものではないか。だからこれは日本社会の縮図を逆手に取り、そのはざまで痛快に反逆を試みる半沢のヒーロー復讐劇である。
私は理科系の学部出身であるが、当時高給の金融機関へ就職する学生が相次いだ。何人かが都市銀行へ入行していったが、そのほとんどはもう転職している。出来がわるかったとは思えない。ただ出身大学や先輩後輩の強いコネがないととても続けられるものではなかっただろうと思う。この小説を読んでいたら、もしかしたらみな諦めたとも思う。幸い自分はそういう道を選ばなかった。そういう意味でもこの小説の興味は尽きない。
半沢直樹は一発逆転出生する。続く物語がある。「オレたち花のバブル組」である。シリーズはさらに「ロスジェネの逆襲」、「銀翼のイカロス」と続く。舞台は大阪を離れるようだが、私としてこうなったらすべて読むしかない、と腹をくくった次第である。
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