2017年6月1日木曜日

メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲集(P:ジャン=イヴ・ティボーデ、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管弦楽団)

5月に入って毎日晴天が続いている。新緑の若葉が、青空と陽光に映えて眩いばかりだ。例年になく心地よい初夏の日に、メンデルスゾーンが聞きたくなった。毎年この季節、梅雨入り前のひと時、さわやかな風が開け放たれた窓から吹き込むと、私の耳に聞こえるのはロマン派、それも初期の作曲家の作品が多い。

メンデルスゾーンは私の好きな作曲家のひとりで、物憂い青春の日々に心を苦しめた記憶と重なると、しばし当時の自分に戻り、何かとても淋しい気分になる。無言歌集など私はもう、通常な心では聞けないほどになってしまい、何年か前に購入したバレンボイムのCDなどは、そのまま開封されていない。

快晴の湘南を歩いたのは、そんなある晴れた日のことである。私は東海道の旧道を歩くことに決めた。それもひょんんことから、所属する患者会のホームページに手記を書かないか、と言われたのがきっかけである。最初は体力の維持と暇つぶし、それに若干の好奇心を満たすつもりで、仕事と家庭生活の空いた時間に、日本橋から品川まで歩いただけである。別に目標を決めてもいない。だが何か月かに一度、思い立ったように電車に乗り、前回歩いたところからまた続きを、疲れたらそこで中断、という具合にやっていたところ、とうとう小田原まで来てしまった。こうなったら京都まで、などとは欲張らず、とりあえず箱根の関までは行ってみようと思っている。

ウォーキングには履きなれた靴と、そして音楽が欠かせない。今日はメンデルスゾーン、それもピアノ協奏曲を持ってきた。メンデルスゾーンの協奏曲と言えば、ヴァイオリン協奏曲ホ短調くらいしか有名ではない。けれども2つあるピアノ協奏曲はいずれも瑞々しい感性に溢れた素敵な曲である。第1番ト短調は技巧的でもあり、伴奏のオーケストラが少し安易に聞こえる部分もないわけではない。でもそういう部分を含め、楽しく聞いている。演奏はフランス人のティボーデである。

珍しいこの曲を私は実演で聞いている。ニューヨーク・フィルハーモニックが来日した際、当時住んでいた埼玉県の大宮で演奏会が開かれた。指揮はメンデルスゾーンの第1人者、クルト・マズアであった。独奏は日本生まれの中国人、ヘレン・ホアンであった。1998年6月のことであるから16歳だったことになる。当時に日記には、以下のように書いている。

 「出だしから、これはいかにもニューヨーク!各人が、パワーと実力を全開にしてぐいぐいと演奏するさまは、アンサンブルがどうの、ハーモニーがどうの、などというみみっちい議論を寄せ付けない。演奏家個々人の技術が合わさったからといって、必ずしも名演にならないことも多いニューヨーク・フィルを大いに乗せることができるのは,マズアだからだろうか?」

このCDの曲順は少し変わっていて第1番と第2番の間に独奏曲が挟まれている。それは2曲あって、最初が「厳格な変奏曲」、次が「ロンド・カプリチオーゾ」。聞き進めていくうちにメンデルスゾーンの多才さに心を打たれる。例えば「厳格な変奏曲」はその名の通り、最初は何かバッハの曲を聞くようであり、それが徐々にロマン派に代わってゆく。「ロンド・カプリチオーゾ」はもっと若い頃の作品だが、無言歌集を思わせる自由な曲想が清々しく、しばし静止した空間の一点を眺めている自分に気づく。

ピアノ協奏曲第2番ニ短調の第2楽章の、成熟した深い味わいは何と言えばいいのだろうか。ブロムシュテットのストイックな指揮も、ここでは熱く、そしてティボーデの安定した美しいピアノに風格を与えてさえいる。

これらの2曲を聞いていると、つくづくこの作曲家は活動的で、音が常に鳴り響いていることがわかる。楽章の間に切れ目がないことも多い。ヴァイオリン協奏曲ホ短調でも、あるいは「イタリア」交響曲を思い出してみてもそうなのだが、モーツァルトのように溢れるメロディーの、まぶしいまでの充実ぶりである。もしかするとそのエネルギーが、私をこの季節に例えたくなるよう仕向けるのかも知れない。だがメンデルスゾーンは、あまりの忙しさに若い寿命を終える。ピアノ協奏曲はそんな花火のように激しく燃焼した天才作曲家の、20代の若々しさに溢れた曲である。


【収録曲】
1.ピアノ協奏曲第1番ト短調作品25
2.「厳格な変奏曲」二短調作品54
3.「ロンド・カプリチオーゾ」ホ長調作品14
4.ピアノ協奏曲第2番ニ短調作品40

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