2018年5月6日日曜日

交響楽団はやぶさ第3回演奏会「宇宙への招待」(2018年5月6日、オペラシティ・コンサートホール)

息子が地元の小学校の音楽発表会でホルストの組曲「惑星」から「木星」を演奏し、随分気に入ったようである。彼は他にスーザの行進曲が気に入っているくらいで、ほとんどクラシック音楽には関心を示さないが、「木星」だけは演奏会で聞いたみたいなどという。だが「惑星」全曲のコンサートはたまにあっても、「木星」だけを取り上げることはまずない。だから、これはいつまでたっても機会がないとあきらめていた。

ところが別のコンサートでもらってきた大量のチラシの中に、「木星」だけをプログラムに載せたコンサートに目が留まった。何でもアマチュアのオーケストラの演奏会で、地球と星空、それに国際宇宙ステーションが描かれた写真とともに「宇宙への招待」などと謳われている。どうせこんなコンサートしかない、と思って見過ごしていたら、息子は行ってもいい、などと言いだす。ゴールデンウィークの最終日、5月6日は予定がない。妻も行くと言う。それでチケットを検索してみたら、まだまだ余裕があるではないか。S席でも4000円で、アマチュアであることを考えれば、少し高い気もするところである。

演奏家の団体名を「交響楽団はやぶさ」という。日本の人工衛星プロジェクトにちなんで名づけられたようだが、利害的な関係はないようである。ただ、第3回目となる今年の演奏会は、JAXAすなわち国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構が協賛している。そしてコンサートには宇宙飛行士の古川聡氏が特別講演を行うことになっているという。指揮は曽我大介で、ブザンソンでも優勝したプロの指揮者だから、これは結構本格的なオーケストラだろう。

というわけで、3人分の席を購入し、オペラシティ・コンサートホールへ出かけた。会場には多くの家族連れや、楽器を手にした学生が大勢つめかけ、たいそう賑やかにに並んでいる。何でもこのはやぶさなるオーケストラは、全国の医歯薬系の学生が中心となったオーケストラだったのである。

招待だろうが、親類だろうが、とにかく会場は満員である。花束贈呈の列には長い行列ができており、いつもとは違う雰囲気にのまれながら開演を待った。ところが、その音楽はアマチュアとしては最高水準の、つまりは何十年か前の日本のプロのオーケストラ水準の出来栄えであったばかりか、アマチュアならではの熱演ぶりに圧倒された2時間半を過ごすことに なろうとは予想もしていなかったのである!

プログラムの最初はジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」組曲で、最近では日本ハムの清宮選手が登場する曲として知られている。舞台に並んだ演奏家はおそらく100人以上、弦楽器のセクションはあまりに後ろの方まで並んでいるものだから、指揮者が登場するのもやっとの狭さである。丁寧なチューニングが終わると登場した指揮者は、何と緑色のペンライトをかざし、それを指揮棒にして一気に冒頭を奏で始めた。

おそらく何度も練習を繰り返したであろうオーケストラからは、ブラスのセクションもまあまあで、これはアマチュアとしては十分聞ける演奏。弦楽器もそりゃプロに比べれば薄く感じられるが、そこは人数でカバーしている。なかなか決まった感のある演奏が終わると、盛大な拍手が 鳴り響いた。私も大きな拍手をしたが、よく見るとまだ曲は終わっていない。組曲としてすべて演奏されることになっている。それで再び静かに始まった第2曲以降、なかなか新鮮な味わいであった。

オーケストラが入れ替わる間に登場した司会の女性は、主催団体の代表のようで、ここで宇宙飛行士の古川聡氏を紹介。制服姿で舞台にひとり現れた彼は、舞台上部に掲げられたスクリーンを使って宇宙開発に関する講演を行い、質問にも答えた。ここは音楽とは関係ないが、なかなか興味深いものであった。会場には医療関係者も多く、専門的ではないにしろ、素人向けでもない内容。最後にホルストの組曲「惑星」から「木星」を演奏して20分間の休憩となった。

オーケストラの大半が入れ替わったような印象だったが、実際にはそうでもなかったようだ。けれども演奏の出来栄えは、後半において大変良くなった。いや実際には前半もそれなりに良かったので、後半はもしかするとプロ顔負けの演奏だったと言うべきか。

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」は、ソリストの活躍する美しい曲だが、コンサートマスターやオーボエ、フルート、バスーンのソロなど結構な出来栄えで感動的。楽団にはそれなりにエキストラがいるのでは、などと勘ぐったものの、プログラムに記載された団員のリストを見ると、ハープなど数人を除いて皆学生である。ただでさえ入るのに難しい有名な大学の医学部に在籍しながら、これだけの楽器を演奏する余裕があるものだと感心するばかり。50の大学から集まった団員が、どのように時間をやりくりして練習をしたり、親睦を深めたりしているのだろうか、興味深い。何せ臨時編成のアマチュアとは思えない水準である。

そういえば宇宙飛行士の古川氏も医師であり、そしてまた宇宙を志した人物である。古川氏と指揮者の曽我氏はともに私と同年代で、そのことも演奏を感慨深いものにした。そして第3楽章の「若い王子と王女」になると、一糸乱れぬ熱演になった。その様は、やはり音楽の魔法的な力が働いて、演奏する個人に魂が乗り移ったような時間であった。曽我のわかりやすい指揮者が、とても上手かったと思う。例えば第2楽章の「ガランダール王子の物語」後半、打楽器が入って来るあたりからはテンポを若干早くして、気持ちを寄せ集めてゆく。けれどもそれに応えるだけの技術的な水準をクリアしているから、ということが前提にあることを忘れるべきではない。

演奏が大団円を迎え、静かにソロがテーマを演奏し終えると、しばしの静寂に会場が包まれた。誰も拍手をしない美しい瞬間が、このようなコンサートでも実現されたことは、限りなく嬉しく思う。拍手に応え、舞台上に団員全員が揃う。入りきらないブラスの何人かは、2階席右手にスタンバイ。ちょっとしたパフォーマンスのあと「スターウォーズ」からの終結部を繰り返す指揮者。最後のフレーズをフォルティッシモのまま長く引き伸ばした時には、もう待ちきれない拍手がコーダに被った。

音楽を演奏すること、聞くことの喜びに満ちた感動的なコンサートが幕を閉じると、初夏の長く陽気が続いた今年の黄金週間も、とうとう終わってしまったという虚無感に襲われた。降り注いでいた陽光も陰り始め、突風が吹き付けるビルの谷間を急ぐ。とうとう明日からは本格的な雨になるらしい、と天気予報は告げている。

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