2022年2月28日月曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(19)初登場の指揮者たち-デュダメル(2017)、ティーレマン(2019)、ネルソンズ(2020)

暗いコロナ禍の時期に少しでも気持ちを明るくしようと、過去のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを順に聴いてきた。最終回の今回は近年に初登場した3人の指揮者を順に記録しておこうと思う。まずは2017年、グスターボ・デュダメルから。

デュダメルは1981年、南米ベネズエラ出身の指揮者である。社会主義政策を続ける同国には「エル・システマ」と呼ばれる音楽教育プログラムがあって、特に貧しい子供たちにも楽器を弾く楽しさを教えているビデオ・ドキュメンタリーを見た記憶がある。そのユース・オーケストラはメジャー・レーベルでも録音を行っていり、その指揮者がまだ20代だったドュダメルだった。この年のニューイヤーコンサートをテレビで見た際、「エル・システマ」の創立者で学者のアブレウ博士が会場にいたのが映し出されたのを記憶している。

デュダメルの指揮は若々しく躍動的である。それがウィンナ・ワルツにどう反映されるか、といったところが見どころだったが、どことなく違和感があったのも事実で、どうしてまた彼なのか、とも思ったものだ。その演奏は若干1割ほど通常よりテンポが速めに感じられた。

プログラムを見て気付くのは選曲の多彩さで、全部で8曲もの初登場の曲があるらしいが、その中でも注目したのは2番目にワルトトイフェルの「スケーターズ・ワルツ」という懐かしい曲があることだ。ただこの曲はウィンナ・ワルツではない。もしかすると史上初めて、ウィンナ・ワルツ以外のワルツがウィーン・フィルによって演奏された(ワルトトイフェルのワルツは前年の2016年にヤンソンスも取り上げているが)。そこではあのウィーン訛りの第2拍目のアクセントは強調されない。

その他にもレハールやスッペ、ツィーラーなどシュトラウス一家以外の作曲家が数多く登場し、どこか一般的なポピュラー・コンサートのような感じである。それでもニコライの「ウィンザーの陽気な女房たち」のメロディーが流れてきたときには、これがお正月のコンサートであることを実感した。ここでは何と合唱が挿入され、夢見心地のように音楽は進んでいった。

一方、シュトラウスの有名なワルツは「千一夜物語」くらいしかなく、ちょっと不満の残る年でもあった。強いて名演となった作品を挙げるとすれば「チク・タク・ポルカ」ではないだろうか。ともあれこの年のニューイヤーコンサートは、新しい傾向を感じさせるユニークなものだったことは確かである。

同じ初登場の指揮者といっても2019年のティーレマンとなると、そのプログラムは渋い。特にワルツはそこそこ有名な作品が目白押しで、久しぶりの「トランスアクツィオン」、「北海の海」、さらには常連の「芸術家の生涯」、「天体の音楽」が並ぶ。またオペレッタの序曲からは「ジプシー男爵」といった風。いずれもドイツ人の実力派指揮者を意識した選曲だと思われたが、演奏が進むにつれて打ち解けたものになっていった。

私にとっては「トランスアクツィオン」が初めて耳に馴染んだし、「天体の音楽」の美しさは例えようもない。合間に挟まれるゆったりとしたポルカやチャルダーシュ、それに「インドの舞姫」、「エジプト行進曲」のような異国情緒を感じる作品まで、多彩で本格的なプログラムには気合が入っていたように思う。

ティーレマンを見ていて思い出すのは、同じように巨体だったワーグナー指揮者クナッパーツブッシュである。クナッパーツブッシュには「皇帝円舞曲」の名演奏が存在するが、今回のプログラムにはなかった。それでも「青きドナウ」では極限までテンポを落とすティーレマンはカラヤン以来の仕事師といった感じで、会場の興奮たるや相当なものだったが、おそらくの今後も何度かは登場する指揮者となるだろう。

初登場となる指揮者が2年連続するのは珍しいように思うのだが、翌2020年には若手のホープで、オペラにコンサートに活躍が著しいラトヴィア生まれのアンドリス・ネルソンスが登場した。このコンサートはなかなかいい。とても軽快で肩の凝らない演奏にもかかわらず、薄っぺらくもなければ惰性的でもない。きっちりと彼でなければ表現できないものを主張しているようにも感じられるのだが、それが目に付くようなところがないのである。つまり一見特徴がないように見えて、実はとてもレベルの高い演奏になっている。

後半の最初はスッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲である。この曲は数あるスッペの序曲の中でもとりわけ有名で、数年に一度毎に演奏される名曲だが、なぜかネルソンスの演奏は他にない軽快さと、統制の取れたバランスの良さが光っていた。ワルツやポルカでもこの傾向は変わらず、大袈裟な表現を避け、かといって軽薄になってもいない。

この年の最大の注目は、何とベートーヴェンの作品が登場したことだろう。それはベートーヴェン唯一のバレエ音楽「プロメテウスの創造物」にも転用された「12のコントルダンス」からいくつかの曲が採用された。2020年はベートーヴェンの生誕250周年だったからである。ところがこの音楽史上最大の作曲家の記念すべき年に、新型コロナウィルスが世界的な感染爆発を起こすのである。予定されていた数えきれないほどのコンサートが中止を余儀なくされ、その中にはベートーヴェンの作品が多数を占めた。この年のニューイヤーコンサートは、その暗黒の日々が始まる直前の最後の光を放つこととなった。

しかしいつからか、このコンサートを収録したCDには拍手が収録されなくなっていた。ティーレマンの時もそうだった。「青きドナウ」の冒頭の挨拶と、「ラデツキー」の最終を除き拍手が入らない(逆に言えばその時にだけ拍手が入るのも不思議だ)。丸で翌年の無観客演奏を予感するかのように、演奏は静かに進行する。今聞くとそのことがかえって、あの楽しい日常の光景を遮っているようで不気味な感覚でもある。

有名ではないが、無名でもないいくつかのワルツ「レモンの花咲くところ」や「人生を楽しめ」、そして「もろびと手を取り」が演奏されるに及んで、私にはこの選曲が1988年のアバドの最初の年の焼き直しであることに気付いた。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「大急ぎで」といったポルカまで同じである。ネルソンスはアバドに再来であるかのように、気を衒わず、スマートで洗練された演奏が期待されているのだろうと思った。1978年生まれのネルソンスは、この時まだ41歳。ますます期待が高まる彼の指揮によりニューイヤーコンサートが楽しめる機会は、今後まずます増えるであろう。

3人の初登場の指揮者を聞き比べ、私はネルソンスに一層の期待と興奮を覚えた。一方、かつて若者だったベテラン指揮者のメータとムーティも、老齢の域に達しながら独特の個性を放っている。そのような中で来る2023年はオーストリア生まれのウェルザー=メストが3回目の登場となることが発表されている。

【収録曲(2017年)】
1.レハール:喜歌劇「ウィーンの女たち」より「ネヒレディル行進曲」
2.ワルトトイフェル:「スケーターズ・ワルツ」作品183
3.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」作品291
4.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「冬の楽しみ」作品121
5.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「メフィストの地獄の叫び」作品101
6.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「別に怖くはありませんわ」作品413
7.スッペ:喜歌劇「スペードの女王」序曲
8.ツィーラー:ワルツ「いらっしゃい」作品518
9.ニコライ:歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」より「月の出の合唱」
10.ヨハン・シュトラウス2世:「ペピタ・ポルカ」作品138
11.ヨハン・シュトラウス2世:ロトゥンデ館のカドリーユ作品360
12.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「奇抜」作品205
13.ヨハン・シュトラウス1世:インディアン・ギャロップ作品111
14.ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「ナスヴァルトの女たち」作品267
15.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「さあ踊ろう!」作品436
16.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「千夜一夜物語」作品346
17.ヨハン・シュトラウス2世:「チク・タク・ポルカ」作品365
18.エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「喜んで」作品228
19.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
20.ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2019年)】
1. ツィーラー:「シェーンフェルト行進曲」作品422
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「トランスアクツィオン」作品184
3. ヨーゼフ・ヘルメスベルガー:妖精の踊り
4. ヨハン・シュトラウス2世:「特急ポルカ」作品311
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「踊り子」作品227
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
11. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「オペラ座の夜会」作品162
12. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「騎士パースマーン」による「エヴァ・ワルツ」
13. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「騎士パースマーン」より「チャールダーシュ」作品441 
14. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
15. ヨーゼフ・ヘルメスベルガー:幕間のワルツ
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「天体の音楽」作品235
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
19. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
20. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2020年)】
1. ツイーラー:喜歌劇「放浪者」序曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「愛の挨拶」作品56
3. ヨーゼフ・シュトラウス:「リヒテンシュタイン行進曲」作品36
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「花祭り」作品111
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「シトロンの花咲く国」作品364
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「警告なしで」作品132
7. スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「キューピッド・ポルカ」作品81
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「もろびと手をとり」作品443
10. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「氷の花」作品55
11. ヨーゼフ・ヘルメスベルガー:ガヴォット
12. ロンビー:郵便馬車の御者のギャロップ
13. ベートーヴェン:「12のコントルダンス」WoO 14より
14. ヨハン・シュトトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
15. ヨハン・シュトトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173
17. ヨーゼフ・シュトラウス:「大急ぎで」作品230
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

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