小澤もアーノンクールもバレンボイムも、そしてプレートルに至っても、あまりに自己顕示欲が強いのは世界的指揮者の共通した性向だとしても、ちょっと阿呆らしく思える時がなくはない。そんなコンサートが2000年代に入って迎えたのが、オーケストラ生まれの若手、フランツ・ウェルザー=メストだった。
ウェルザー=メストの演奏は、彼自身が極度の緊張に見舞われ、そのことが映像から手に取るようにわかるのだが、オーケストラの方は至ってリラックスしており、ウィーン・フィルとしても理想的な演奏ではないかと思われるのだった。何もせず、ただウィーン情緒を醸し出しさえすればいい、という状況を開き直りと言ってはいけないし、実際、彼は居心地が悪そうにしている。それも当然と言えば当然で、往年の巨匠が気付いてきた歴史とどう向き合えばいいのか、答えが見つからない。何とカラヤン以来というオーストリア人指揮者として期待がかかる。そしてその期待通り、2011年のコンサートは成功だったと言うべきだろう。
だが、ウェルザー=メストが指揮したコンサートは、あまりに地味なプログラムで、知っている曲はごくわずか。かつてアバドやムーティの初登場時に感じたことににているが、それ以上に顕著なこの傾向から、かなり損をしていると思う。それどころか、こうも知らない曲ばかり続くと、いい加減腹が立ってくる。生誕200周年となるリストのメフィスト・ワルツが演奏されるのが目に付くが、それとて有名な曲ではない。そしてやっとのことで「わが人生は愛と喜び」が始まったかと思うともう終わり。これほど地味なニューイヤーコンサートもないのでは、と見ていて思ったものだった。
けれども今聞きなおしてみると、音楽は自然でしかも新鮮さを失わず、かといって古い懐古的演奏に陥るわけでもない。これは新時代のニューイヤーコンサートとなった感がある。演奏はわずかに速めだが、そう感じるのは昨今、遅い演奏が増えたからだろう。奇妙な溜を打つこともなく、音楽がさらさらと進む。もちろんウィーン訛りのアクセントは付いている。それはポルカや行進曲でも変わらない。初めて登場する曲が多い中で、ワルツ「別れの叫び」は印象に残る曲だった。
あまりに目立たない曲ばかりであることへの反省からか、次回の2013年のコンサートでは、少し有名な曲が増えた。それでもプログラムの前半は、初登場の曲が3曲もある。そして何と喜歌劇の序曲で前半が終わり、ワルツで後半が始めるというのは何と1989年のクライバー以来である。私はこの2013年のニューイヤーコンサートが、2010年代では最高のものだと思っている。特に後半は曲のバランスも良く、メリハリがある上に2回目の登場となったウェルザーメストにも余裕が窺えたからだ。2013年は二人のオペラの音楽家の生誕200周年の年でもあった。ニューイヤーコンサートでは近年、記念の年となる作曲家の作品が挿入されることが多いが、この年にもワーグナーの歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲、ヴェルディの歌劇「ドン・カルロス」より第3幕のバレエ音楽が演奏された。数ある作品の中からどうやって選曲するのかが依然としてよくわからないが、そもそもの主人公であるシュトラウスの音楽以上に目立たない点が重要ではないかと思われる。これまでは、他の作曲家の作品がワルツの間に挟まれると違和感が否めなかったが、今回のワーグナーとヴェルディは失敗していない。おそらく慎重に選曲をしたのだろう。
イタリアにちなんだ曲としての定番であるワルツ「レモンの花咲くところ」が聞こえてくると、ゆったりとした心地よいコンサートも終盤である。プログラム最後の曲、ヨハン・シュトラウス1世の幻想曲「エルンストの思い出、またはヴェネツィアの謝肉祭」は初めて聞く曲だったが、ユーモアたっぷりの曲で何やら笑い声が聞こえる。映像で見ないと、ここのおかしさは想像するしかない。総じて、この2014年の後半は2010年代のニューイヤーコンサートの中でも、最も成功した部類に入るだろう。
このブログを書き始めて10年以上になるが、2013年のニューイヤーコンサートについては過去に触れている(https://diaryofjerry.blogspot.com/2013/01/2013.html)。読み返してみても同じような感想が綴られている。
当時国立歌劇場の音楽監督だった彼は、しかしながら翌年突如辞任してしまう。以降、この舞台から遠ざかっているが、久方ぶりに来年(2023年)登場することがアナウンスされた。もう60代になったかつての若手指揮者も、平均的な楽団員の年齢より年上となっているのではないか。だから、さらに自由で豊かな音楽を聞かせてくれるのではないかと、今から楽しみである。
1. ヨハン・シュトラウス2世:「騎士行進曲」作品428
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ドナウ川のおとめ」作品427
3. ヨハン・シュトラウス2世:「アマゾン・ポルカ」作品9
4. ヨハン・シュトラウス2世:「デビュー・カドリーユ」作品2
5. ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「勇敢に前進!」作品432
7. ヨハン・シュトラウス2世:「騎士パスマンのチャルダーシュ」作品441
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「別れの叫び」作品179
9. ヨハン・シュトラウス1世:「熱狂的なギャロップ」作品114
10. リスト:「村の居酒屋での踊り」(メフィスト・ワルツ第1番)
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「遠方から」作品270
12. ヨハン・シュトラウス2世:「スペイン行進曲」作品433
13. ヘルメスベルガー:バレエ「イベリアの真珠」より「ジプシーの踊り」
14. ヨハン・シュトラウス1世:「カチューチャ・ギャロップ」作品97
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は愛と喜び」作品263
16. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ブレーキもかけずに」作品112
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
【収録曲(2013年)】
1. ヨーゼフ・シュトラウス:「スーブレット・ポルカ」作品109
2. ヨハン・シュトラウス2世:「キス・ワルツ」作品400
3. ヨーゼフ・シュトラウス:「劇場カドリーユ」作品213
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「山の上から」作品292
5. スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲
6. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
7. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「糸を紡ぐ女」作品192
8. ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲
9. ヘルメスベルガー:ポルカ「二人きりで」
10. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「金星の軌道」作品279
11. ヨーゼフ・シュトラウス:「ガロパン(使い走り)・ポルカ」作品237
12. ランナー:「シュタイヤー風舞曲」作品165
13. ヨハン・シュトラウス2世:「メロディ・カドリーユ」作品112
14. ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロス」より第3幕のバレエ音楽
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲くところ」作品364
16. ヨハン・シュトラウス1世:幻想曲「エルンストの思い出、またはヴェネツィアの謝肉祭」作品126
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「おしゃべりなかわいい口」作品245
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
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