2023年10月20日金曜日

リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」(サッシャ・ゲッツェル指揮ボルサン・イスタンブール・フィルハーモニー管弦楽団)

趣味の街道歩きのため、新幹線で各地へと向かう車内で音楽を聞き、このブログのための文章を書きたくなることは前にも書いた。前回(8月)私は北陸新幹線で金沢に向かい、リストの「前奏曲」を聞いた。そして今回、一気に秋めいた信濃路を軽井沢から佐久方面へと歩くために、快晴の関東平野を北上する「あさま」の車内で、リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」を聞いている。

なぜか。この作品の演奏の中で、とりわけ注目に値する新しい演奏に出会ったからだ。それはオーストリアの若手、サッシャ・ゲッツェルがイスタンブールのオーケストラを指揮して録音したもので、Onxyというレーベルから発売されている。もっとも発売されたのは2014年ということだから、もう10年近く前のことではある。私は時々聞くロンドンの「Classic FM」でたまたまこの演奏を聞いた。その時は確か第3楽章だけだったような気がするが、そのあまりにもエキゾチック(というのはあくまで西欧から見てのことだ)なムードに驚いたからである。

私はSpotifyのPremium会員となっているので、このような場合には即座に検索、自宅のネットオーディオ機器で再生したり、スマホにダウンロードして持ち歩くことができる。今回もちろんそのようにしたのだが、それにしても聞いたことのない指揮者、オーケストラによる珍しいCDも、このようにして新しく出会うことになる。そしてさらにわかったことには、このCDには、同様の傾向を持つ(すなわち東洋的な)作品であるイッポリトフ=イヴァノフの有名な組曲「コーカサスの風景」から、最も有名な「酋長の行列」なども収録されていること、さらには何と、その「シェヘラザード」の楽章の合間に、聞いたこともない楽器による中東風の短いインテルメッツォが挟まれていることだ。

昔わが家にもあったストコフスキーの名盤以来、この曲を様々な形で提供する魅力的な試みが時を隔ててなされてきた。時には原曲を逸脱する演奏が注目を集めることもあるが、私は一介のリスナーに過ぎないのでこのようなものは大歓迎である。このたびの演奏はまさに、イスタンブールという、まさにヨーロッパとアジアの境を本拠地とするオーケストラだからこそうって付けの試みだ言えよう。なお、ゲッツェルはウィーン・フィルの元ヴァイオリン奏者で、指揮者に転じてからは神奈川フィルやN響も指揮しており、我が国ではそれなりに知られた存在であるようだ。

「音の魔術師」という愛称はフランスの作曲家ラヴェルに付けられるが、私はまた「ロシア五人組」のひとりであるリムスキー=コルサコフに対しても相応しいものだと思う(そのラヴェルにも「シェヘラザード」という曲がある)。後年の作曲家に与えた影響は大きく、例えばレスピーギがリムスキー=コルサコフの弟子だった。そのリムスキー=コルサコフはベルリオーズの管弦楽法を学び、自ら「管弦楽法」という著作を残している。

海軍学校の兵士だったリムスキー=コルサコフは、海や航海に関する音楽を残す。交響組曲「シェヘラザード」もその一つである。この作品は有名な「アラビアンナイト(千夜一夜物語)」を題材としており、次の4つの部分から成っている。

  • 第1楽章「海とシンドバッドの冒険」
  • 第2楽章「カランダール王子の物語」
  • 第3楽章「若い王子と王女」
  • 第4楽章「バグダッドの祭り、海、青銅の騎士のある岩にての難破、終曲」

ヴァイオリンの独奏が冒頭と終結部だけでなく随処でソロを聞かせることから、この作品の録音には担当したソロ・ヴァイオリン奏者の名前が記載されている。この録音では、指揮者のゲッツェルが自ら弾いているのではと想像したが、どうもそうではないらしい。ヴァイオリンのソロは、この話の主人公で毎晩シャリアール王に物語を語っては聞かせるシェヘラザードのテーマである。第1楽章「海とシンドバッドの冒険」では、波打つ海の情景に乗って、この2人の主題が絡み合う。全体の構成から見ると前奏曲といった感じの曲である。

ゲッツェル指揮ボルサン・イスタンブール・フィルハーモニー管弦楽団による演奏では、この第1楽章と第2楽章の間に1分足らずの即興演奏が差しはさまれている。ここで演奏されるのはウードという弦楽器で、中東の雰囲気を醸し出している。

やがて演奏は第2楽章に入るが、ここで活躍するのは木管楽器の独奏である。そしてリズムも様々に変化し、聞いていてもっとも面白い楽章だと思う。オーケストラ音楽として聴きどころが満載。もっとも有名な第3楽章は緩徐楽章で、美しいメロディーによって最高のムード音楽となっている。この第2楽章と第3楽章は、全体を聞く時に強い力を聞き手に与える。「シェヘラザード」を聞いたという充実感は、この2つの音楽を聞いていくことで醸成されるような気がする。各楽器の特徴を良くとらえたソロが頻繁に現れては消える。そのすべてがロシア発の中東ムードに嫌味なくブレンドされている。

第4楽章の力強い音楽は、ここまで聞いてきた音楽ですでに酔いしれている聞き手をさらに延長して楽しませるに十分な効果を持つのだが、この演奏ではここに2回目の「間奏曲」が入る。そして再び活躍するシェヘラザードのテーマ。いっそう技巧的になったこのメロディーのあとで、速いテンポに転じ進行するオーケストラによって、それまでに登場した様々なテーマを交互に奏でては次第に緊張度を上げてゆく。船が難破するのだ。そして曲は最後に再びシェヘラザードのテーマを繰り返して静かに終わる。オーケストレーションの極みを堪能する充実感を味わうことができる。全体で約45分。

多くの演奏家がこの曲の魅力を捉え、様々な表現をディスクに残してきた。有名なコンドラシンの演奏(コンセルトヘボウ管)は私にとって相性が悪く、どこがいいのかよくわからないままだった。極めつきとの定評もあるゲルギエフ盤は、あまりに巧妙にこの曲を操って見せるが、私は少し戸惑うほどでちょっとついていけない。結局、平凡で保守的なオリエンタリズム主体の演奏を求めているのかな、などと思ってみたり、要はこの曲に対する自分の立場がこれまで定まっていなかったのである。このたびイスタンブールのオーケストラによる演奏に出会って、ようやくこの曲の記述をする気持ちになった。

なお、このディスクには東洋風の曲がさらに3曲も収録されている。リズム感があってそれぞれ面白い。特にイッポリトフ=イヴァノフの組曲「コーカサスの風景」から「酋長の行列」は有名である。かつて「ロシア名曲集」のようなコンピレーション・アルバムが発売されるときには、たまにお目にかかった懐かしい曲である。私はバーンスタインが指揮するニューヨーク・フィルハーモニックの演奏で良く聞いたものだった。一方、トルコの作曲家エルキンの「キョチュケ」なる珍しい舞踊曲も収録されている。

そしてさらに!ボーナス・トラックに収録された2つの曲は、民族楽器を取り入れた編曲による「カランダール王子の物語」と「コーカサスの風景」より「村で」の別バージョンである。これらのおまけ特典を含め、聞き所満載のこのディスク、今ではもはやCD媒体を購入することはほぼなくなったが、売られていることは売られている。もちろん数あるダウンロードもしくはストリーミングサイトで聞くことができる。


【収録曲】
1. リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35
2. バラキレフ(リャプノフ編):東洋風幻想曲「イスラメイ」
3. イッポリトフ=イヴァノフ:組曲「コーカサスの風景」より
      第2曲「村にて」
4.   第4曲「酋長の行列」
5. エルキン:舞踏組曲「キョチェケ」

(ボーナス特典)
6. 「カレンダー王子の物語」(民族楽器との競演による別バージョン)
7. 組曲「コーカサスの風景」より第2曲「村にて」(民族楽器との競演による別バージョン)

0 件のコメント:

コメントを投稿

日本フィルハーモニー交響楽団第761回定期演奏会(2024年6月7日サントリーホール、大植英次指揮)

日フィルの定期会員になった今年のプログラムは、いくつか「目玉の」コンサートがあった。この761回目の定期演奏会もそのひとつで、指揮は秋山和慶となっていた。ところが事前に到着したメールを見てびっくり。指揮が大植英次となってるではないか!私の間違いだったかも知れない、といろいろ検索す...