2023年10月1日日曜日

R・シュトラウス:楽劇「サロメ」(The MET Line in HD Series 2008-2009)

こういうことは軽々に書くべきではないと思いつつも、このたび札幌で起きた親子3人による殺人事件は「サロメ」に酷似していると言わざるを得ない。「サロメ」はオスカー・ワイルドによる戯曲だが、その原作は新約聖書「マタイ伝」である。リヒャルト・シュトラウスはまだ野心に燃えていたころにこの作品に出合い、出世作となる「サロメ」を書きあげた。わずか1幕の作品だが、凝縮された音楽が息をつかせぬほど緊張感に満ち、ただでさえ異様なストーリーをさらに際立たせ、見るものを圧倒する。

「サロメ」の主な登場人物は4人である。表題役サロメは、預言者ヨカナーンに一方的な性愛の情を抱いている。執拗とも言えるその欲情は、異様と言っていい。囚われて井戸に閉じ込められているヨカナーンに口づけを迫るが、拒絶されて実現しない。わずか16歳ほどの少女は、自分にこれもまた執拗な好意を抱くヘロデ王から、「踊りを踊ってくれたらなんでもやる」を言って少女に迫る。有名な「7つのヴェールの踊り」は、オペラの舞台で繰り広げられる、極上の音楽付きストリップ・ショーだが、このシーンが物議を醸したことは想像に難くない。だがそれも今では昔の話である。

サロメは約束した通り、ヘロデ王に褒美を迫る。斬首したヨカナーンの生首を銀の皿に載せて欲しい、と。ヘロデ王は役人を井戸に遣わせ、首をはねる。その生首が舞台に登場するシーンはショッキングである。実はサロメに殺人を持ちかけたのは、母親のヘロディアスだった。生首に接吻することを夢見ていたサロメは、最後のシーンで圧倒的な歌とともにヨカナーンの首を愛撫。猟奇的な最後のシーンは、演出と歌唱の見せ所である。不吉なことが起こると恐れたヘロデ王は、ついにサロメを殺すよう命じるところで幕となる。

始まって15年以上が経過したMET Line in HDシリーズ(日本では「METライブ・ビューイング」と言われる)では、たった一度だけ「サロメ」が取り上げられている。それは3年目だった2008年のことで、この年はメトロポリタン歌劇場創立125周年。その記念の年のトリに「サロメ」が取り上げられたのだ。私はすでに80作品以上鑑賞してきたが、この「サロメ」はまだ見ていない。もう見る機会はないと諦めていたが、今年のアンコール上映の演目に登場し、ついに私は接することができた次第である。9月末の平日というのに、結構な人数が映画館に来ていた。私も仕事を終えてから駆け付けた。1幕しなかいので特典映像は少なく、たった2時間で終わる。

サロメを歌ったのはカティア・マッティラ(ソプラノ)である。この作品は1にも2にもサロメなので、その緊張感は例えようもない。終始声を張り上げるサロメを野球の投手に例えると、1回から飛ばすと9回まで持たない。一方、そのほかの役、例えばヘロディアスを歌ったイルディコ・コムロージ(メゾソプラノ)は、一見、サロメより安定した素晴らしい歌唱に思えるのだが、これは登場する時間がそもそも違うのである。言ってみれば、数回投げればいい中継ぎ投手のようなものだ。ヨカナーン役はユーハ・ウーシタロ(バス・バリトン)で、この役は囚人として井戸に閉じ込められているという悲惨な状況から、醜悪でみすぼらしい容姿と決まっている。そのことが強調されればされるほど、サロメの異常な性欲が強調される。

サロメに次いで歌の多いのが、ヘロデ王である。この役はテノールでありながら、美男でもなければ軽薄でもない、という珍しい役。キム・べグリー(テノール)は、透き通るような声であるが、なかなか良く似合っていると思った。サロメは、やはり後半、特に「7つのヴェールの踊り」の後に重心を置いて歌ったのだろう。この踊りだけでも、相当な見せ場であることに違いはない。歌手はまず声だが、踊りのシーンで失敗を許されるわけではないのだから、このシーンの後では歌に全力投球ができる。出来栄え云々というよりも、全力投球の演技に見ている方も鳥肌が立ってくる。

生首は吊り下げられて井戸から登場する。それを銀の皿に乗せて弄ぶ常軌を逸した少女の異常性愛に、狂気と戦慄を覚える。サロメの陶酔を強調する音楽は、長大なモノローグの間中、鳴り止むことはない。

物語は2000年前のパレスチナでる。通常は暗い居間で繰り広げられるが、このたびのユルゲン・フリムによる演出では、何か現代風のサロンである。中央に螺旋階段があって、全体的に明るく、おどろおどろしい感じがしない。またパトリック・サマーズによる指揮も、なぜか控えめで音楽が前面に出てくる感じではない。そういうことから、残念ながらこの舞台は、私の中ではあまり感心した方ではないのが正直なところである。なかなかサロメを歌うことのできる歌手はいないのかも知れないが、そろそろ新しい演出、歌手での舞台が待ち望まれるところではないだろうか?

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