2024年3月8日金曜日

武満徹:映像音楽集(尾高忠明指揮NHK交響楽団)

尾高忠明指揮大阪フィルの東京定期で聞いた武満徹の「波の盆」という曲が忘れられず、この作品が収録されたディスクを探した。するとその尾高の指揮した演奏が2枚見つかった。このうち録音の古い方は札幌交響楽団とのもので、英Chandosレーベルからリリースされている。もう一枚は最近2022年の録音でNHK交響楽団。こちらは今どき珍しいセッション録音とのことである。札響とのCDには黒澤明監督の映画「乱」の音楽が収められている代わりに、N響とのCDにはドラマ「夢千代日記」のテーマ曲が収録されている。私は「夢千代日記」には大きな思い入れがあるので、録音も新しいN響盤とすることにした。

テレビドラマ「夢千代日記」は1981年にNHKで放送された「ドラマ人間模様」の作品である。1981年と言えば私は中学生だった。吉永小百合が演じる置屋の女将が神戸の病院へ行った帰り、急行列車がトンネルを出て餘部橋梁にさしかかるシーンに、武満徹が作曲した音楽が流れる。原作は早坂暁。暗く悲しい冬の日本海は、海がしけると海鳴りがする。私の実家は兵庫県にあるのだが、日本海側の風景は瀬戸内側とは全く違い、まるで別世界のようだ。

夢千代さんは広島に原爆が投下された時、まだ母親のお腹の中にいた。「胎内被爆」というシリアスな問題を扱っていることに加え、今では死語となった「裏日本」の情景がリアルに描かれているなど、昨今のドラマにはない趣である。戦後まだ30年余りしか経っていない頃の話で、バブルになる前の昭和の時代の、今から思えばまだ真っ当だった頃のドラマである。

好評だったのだろう、この作品は「続・夢千代日記」さらには「新・夢千代日記」と続編が制作され、1985年まで続いた。ドラマの始まりのシーンと音楽は、ずっと同じものが使われた。私はもう一度見たくなり、確か2002年頃BSで再放送された時に全部見た。丁度白血病の移植後の療養中のことで、夢千代さんも同じ病気なのか、と考えるととても他人ごとではない気持だった。ただ三朝温泉には大きな病院はない。だから彼女は、わざわざ県庁所在地の神戸まで通院する生活を送るのだった。

夢千代さんの余命はあと2年。この時現れた元ボクサーの松田優作は、夢千代さんに生きる勇気を与える存在だったが、皮肉なことに松田優作は1989年、40歳の若さで死亡。一方の吉永小百合は水泳で健康を維持する元気な役者として今でも大活躍している。

さてその「夢千代日記」の音楽は、短いながらも大変印象的である。これほどドラマの内容、山陰地方の風景、さらには主人公の心情を端的に現したものはないと言える。この音楽を聞くだけで、ドラマの世界が蘇る。武満のモダンにして日本的な音楽は、運命を背負った行き場のない悲しさを冷静に見つめ、そのことがかえってつらさを強調する。そしてもしかすると、その中にこそ希望が見える。

次の収録曲は映画「太平洋ひとりぼっち」の音楽である。この作品は1963年に制作されているから、私はまだ生まれていない。主演は石原裕次郎、監督は市川崑。映画こそ見ていないが、原作の本は中学生の頃に、図書館で借りて読んだ記憶がある。堀江謙一は西宮のヨットハーバーを出てサンフランシスコまで、無寄港単独の太平洋横断を成し遂げる。その後、世界一周も果たし、さらには高齢なってもなおヨットに乗り続けている。私は関西のテレビに彼が良く出演していたのを覚えている。

音楽は芥川也寸志との共作である。全編明るく、丸でポピュラー・オーケストラの曲のようであり親しみやすい。青年の明るい未来と航海をさわやかに表現している。

3番目の曲は「3つの映画音楽」で、「ホゼー・トレス」、「黒い雨」、「他人の顔」の3部から成り、それぞれ「訓練と休息の音楽」、「葬送の音楽」、「ワルツ」が副題として付けられている。このうち「ホゼー・トレス」は勅使河原宏監督の記録映画(1959年)で、武満29歳の時の作品。駆け出しのころだと思うが、すでに前衛作曲家として頭角を現してたようだ(Wikipediaより。以下同じ)。

「黒い雨」は言わずと知れた井伏鱒二の小説で、映画は1989年、今村昌平が監督を務めている。「黒い雨」とは原爆の投下直後に降った放射能を浴びた雨のことで、原爆症を発症すると髪の毛が抜け落ちる。衝撃的な内容で、私も小学生の頃に中国が核実験を行った時、雨に当たると髪の毛が抜けると言われて真剣に心配した記憶がある。この曲が最も暗く、そして陰鬱である。

「他人の顔」は安部公房原作の小説。勅使河原宏監督作品(1966)。私が生まれた年である。「ワルツ」はこのCDの中で一服の清涼剤のように軽やかで気持ちが安らぐ。

さて、最後に置かれたのが「波の盆」である。この美しい音楽は、一度聴いたら忘れられない。テレビドラマ「波の盆」は1983年に日本テレビ放送網で放映されたようだ。脚本は倉本聰、監督が実相寺昭雄、主演が笠智衆らである。錚々たる布陣のドラマの内容は、ハワイに移住した日系人が太平洋戦争によって引き裂かれる世代間の相克と和解を描いている。

ドラマは見たことはないが、音楽を聞いただけでも美しさで胸が熱くなるから不思議である。冒頭のメロディーはのちに回想され、3部構成であることは聞いているとわかる。途中、急に行進曲風の明るい部分があって驚くが、これは一瞬にして終わるのも面白い。尾高忠明はこの曲を良く取り上げているようだ。武満徹が作曲した映像音楽は数多いが、その中でも屈指の作品を収録したこのディスクは、やはり購入して手元に置いておきたくなる。

武満徹は1996年2月、61歳の若さで亡くなった。この時、親交の厚かった小澤征爾はニューヨークにいて、ウィーン・フィルとの北米ツアー中だった。私はこの時(2月29日)、カーネギーホールでマーラーの「復活」を聞いた。舞台に現れた小澤は盟友タケミツが亡くなったことを告げて黙祷を捧げ、さらにはバッハの「G線上のアリア」を演奏した。

その小澤は先日の2月6日、88歳で亡くなった。弟子の山田和樹が読響の定期演奏会で、武満の代表的作品「ノヴェンバー・ステップス」を含むコンサートの指揮中に訃報が伝わったらしい。しかし山田は追悼演奏を行わなかったとのことである(「小澤先生は音楽は楽しく演奏するべきだと語っていた」云々)。


【収録曲】
1. 夢千代日記
2. オーケストラのための組曲「太平洋ひとりぼっち」
3. 弦楽オーケストラのための「3つの映画音楽」( 「ホゼー・トレス」、「黒い雨」、「他人の顔」)
4. オーケストラのための「波の盆」

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