
その日の午後、丁度いい時間に上岡敏之の指揮で新日フィルのコンサートが開かれることを知ったのは、丁度2週間前のことだった。何と金曜日の昼間のコンサートである。しかもこれはシリーズ化されていて「すみだクラシックへの扉」を銘打たれた、いわば名曲シリーズである。そしてその会員はそれなりにいて、当日券こそ発売されるものの、がら空きというわけでもない。おそらくは定年を過ぎた老人たちのいい趣味の時間になっていることと想像される。第21回目の今回は、翌土曜日との2日間、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番とシューベルトの「グレイト」交響曲が演奏されることとなっている。
名曲プログラムとはいえ、これはなかなかいい選曲ではないか。しかも春に聞くに相応しい。そして驚くべきことにピアノ独奏はフランス人のアンヌ・ケフェレックである。彼女はもういい歳ではないかと思う。私が生まれた頃にはもう、有名ピアニストだったようだ。私もサティの名曲集を持っている。そのケフェレックを初めて聞く。
今回の座席はピアノも良く見える1階席前方の右手。隣に座った女性が、プログラムの要旨を声に出して読んでいて、シューベルトの生きた時代とベートーヴェンの生きた時代はほぼ重なる、などといったことや舞台に団員が登場して拍手が起こり、やがてコンサートマスターの崔氏が登場した、などといちいち話している。よく見るとその隣に高齢の母親が座っていて、どうやら目が見えないらしい。同じような障害を持つ観客も少なからず目につく。体の不自由な方でも気軽に通えるコンサートとして、この催しは行われているのだろう。
ケフェレックが登場し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲が始まった。上岡の指揮は軽快に、丁度花の咲き始めるこの頃の初々しさを保ちつつ、朗らかである。やはり実演はいいな、と改めて思う。一通り第1主題の提示が終わり、ピアノが入る。この掛け合いの妙味が、私の席からは手に取るようにわかる。目が見えなくても、それは空気から感じ取ることができるかもしれない。ケフェレックのピアノもまた、若々しく気品に溢れ、若きベートーヴェンの音楽家としての明るい将来を見据えているかのようだ。
聞きなれたカデンツァではなく、短めのカデンツァだった。そして第2楽章に入ると、丸でモーツァルトのようにさりげなく優雅な表情を見せながら、円熟の演奏が続く。上岡の指揮は終始楽しそうである。第3楽章のロンドに至っては、ちょっとしたアクセントの強調が心地よく、木管楽器やビオラなど、私の席からも良く見える楽器は、指揮者の細かい動作にも機敏に反応する姿が手に取るように見えた。
指揮者はピアニストにも出だしの指示を怠らないような注意を維持しつつも、むしろ安心してオーケストラの指揮に重点を置いた様子。演奏がピタリと決まると会場からは多くのブラボーが飛び交った。プログラムの最初からこれほどのブラボーというのも珍しいくらいだった。
アンコールはヘンデルのメヌエット。静かな会場に透き通ったピアノの音色が響く。落ち着いた飾り気のない、しかし品のあるしみじみとした演奏だった。ピアノがこれほど美しいと思ったことはないくらいだった。
後半のシューベルトについては、推進力のある演奏で一気に聞かせるものとなった。この長い曲は、そうでもしないと聴衆の集中力が維持されないのかも知れない。私は第2楽章など、もう少しゆったりと聞きたくなったが、このテンポも許容できる。けれども第3楽章のトリオ部分などは、もう少し思いを込めてほしかった。
オーケストラが全体に若く、女性の数が非常に多い。そのことによるのかどうかわからないのだが、弦楽器の厚みが少し足りず、ややバランスが悪い。かつて日本のオーケストラはどこもこんな感じがしたが、そのような塩梅である。結果的に音楽に主張が感じられないような気がする。「グレイト」交響曲はただ長いだけの曲ではなく、その長さの中に隠しきれない悲しい表情が見え隠れする。そういうフレーズにも注意を払い、ただ音符を辿るだけに演奏にしてほしくはないと思うのだが、この曲の演奏会はなかなか思うような曲に感じられないことが多い。
私がかつて実演で聞いたサヴァリッシュの演奏(N響)とミンコフスキの演奏(ルーヴル宮音楽隊委)は今も思い出に残る演奏だった。あれ以来、プログラムを見つけては通っている。なかなか名演奏に出会えない曲である。しかしこの曲は第2楽章で「ブルックナー休止」のモデルになったのではないかとさえ思える部分があったりして、聞き所は多く、名演奏に出会えた時の嬉しさはちょっとしたものだ。「明るさ」と「円熟」という「相容れない要素が奇跡的に交わった」ような曲(プログラム)というのは、言い得て妙だと思う。
上岡の演奏はめっぽう遅いことがある一方で、今回のように程よく高速な演奏もあるのだと思った。演奏が終わると多くのブラボーが飛ぶ。3月に入っても冬の寒さが続いていたが、ようやく気温が20度近くまで上昇し、春の陽気がやってきた。その最初の日の午後、私はコンサート会場をあとにして両国方面にぶらぶら歩き、帰宅してビールを飲んだ。やがて家族も帰ってきて、長かった高校生活の日々(それはコロナと受験の日々でもあった)から解放された嬉しさに、改めて酔いしれた。私にとって、まさにそういう日に相応しいプログラムのコンサートだった。
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