耳には、Spotifyで流れるブラームスのセレナード第2番。ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏だ。牧歌的な第1楽章を聴きながら都城に近づくと、雲の切れ間から青空がのぞき始めた。3日間降り続いた菜種梅雨も、ようやく終わりを迎えつつある。南九州は本当に雨が多い土地だと、改めて思う。
舞曲風の第2楽章はスケルツォ。ブラームスは秋に聴きたくなる作曲家だと思い込んでいたが、それは晩年の作品に限った話で、若い頃の作品には春や夏の空気がよく似合う。このセレナードも、彼が20歳の時の作品だ。ただ、こうした「若さ」についての感想を文章にするのは、どこか陳腐で恥ずかしくもある。
都城を過ぎると、車窓は次第にシラス台地らしい風景へと変わっていく。平屋の立派な家が多いのも、この地域ならではだ。列車は森の中を快走し、いくつかの峠を越えて大隅の国へ向かう。霧島周辺は九州でも屈指の風光明媚な土地である。今や鉄道旅は決して安くはないが、車窓をのんびり眺める楽しさは、他の交通手段には代えがたい。私はやはり鉄道の旅が好きなのだ。このあたりには10代の頃に何度か訪れたことがあるが、それ以来の再訪だ。驚くほど、40年前と風景が変わっていない。
音楽は第3楽章、第4楽章へと進む。実際にコンサートで聴けば少し退屈に感じるかもしれないが、旅のBGMとしてはこれ以上ないほど心地よい。第5楽章はやや速めで陽気な曲。ハイティンクのブラームス全集は細部まで丁寧に描かれ、フィリップスの録音も秀逸でとてもバランスが良い。流行りのイタリア風流麗さではなく、適度なアクセントと明晰さを備えた演奏で、ブラームスの中庸の魅力がよく出ている。
第1番に比べて地味な印象のある《セレナード第2番》を聴く機会はほとんどない。いや、皆無と言っていい。だが今回はSpotifyのおかげで、旅の良き相棒となってくれた。曲が終わり、AIが自動で選んだ「ハンガリー舞曲」が流れ始めたころ、列車はちょうど霧島神宮駅に到着した。

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