ここで予想される反論がある。そもそも日本には女王卑弥呼が支配していた邪馬台国があるのではなかったか、というものだ。少し話が脱線するが、丁度いい機会なので、このことについて。
私は邪馬台国論争を、所詮は縄文時代や弥生時代の延長としてとらえている。これは「古代」に属する時代区分であり、決して的外れではない。その理由は、この国がまだ文字を持たず、従って自らの国について何も残していないからだ。
その結果、そもそも邪馬台国がどこにあったかも不明である。邪馬台国の記述は、よく知られているように中国の史書「魏志倭人伝」に登場する3世紀頃の日本の様子で、その場所が北九州なのか関西地方なのか、あるいはその両方なのかをめぐって議論が絶えない。だが私にとってはどちらでもいいとしか言いようが無いのだ。言えることは、当時の我が国の権力基盤がその程度にしか確立されていなかったということである。その象徴的事実は、まさに文字を持たなかったということにつきる。文字によって文書を残さない権力機構は脆弱であり、そうである場合とは決定的に違う、という考え方に私は同意する。

「陸・水行」という本がそれである。ここに収められた文章には、歴史好きの清張なりに、「邪馬台国論争」に加わる素人学者の目を通して、その場所を特定してみせる。それは北九州でもなければ関西でもない。そしてそれを追いかける人に降りかかる運命と死・・・、何ともミステリアスなものを題材としてミステリアスなことを書くのだ。文書のやりとりは、電話でもなければインターネットでもないという時代。戦後昭和の古めかしい時間感覚も、この小説の面白さのひとつであると感じた。
0 件のコメント:
コメントを投稿