2013年10月21日月曜日

映画「椿姫ができるまで」(2012年、フランス)

南仏の夏の音楽祭の一つ、エクサン・プロヴァンス音楽祭で2011年に上演されたヴェルディの歌劇「椿姫」の制作過程を追ったドキュメンタリー映画。見て思ったことは、このような映画を作るにあたり、どのような観客層を中心にしているのだろうか、ということだった。

あらゆるオペラの中で「椿姫」ほどよく知られており、人気のある作品はない。私もその魅力の虜になったことが、オペラの世界に足を踏み入れるきかっけだったことは先にも書いた。どのフレーズも流れてくれば歌えるほどに知ってしまったが、それでも発見は尽きない。そのような患者は世界中に数多くいることだろう。だとすれば、もう何度も「椿姫」を見てよくわかっている人が、新たな発見をするような様々な見どころを散りばめる必要もあり、決して素人向けの安っぽい解説ものになってはならないということ。この映画はその通りの出来だった。

他方でオペラを見たこともなければあらすじもしらない人にとってはどうか?私はそれについてはよくわからない。基礎知識がまったくない、真っ白な気持ちでこの映画を見てみたいと思った。だがそれはできないことだ。想像するしかないが、オペラを知らない人が見ても、これはそれなりに楽しめるのではないか。そしてできれば一度、生でオペラを見てみたいと思わせたのではないか。だから、どちらの層にも見応えのあるものだったのではないだろうか。

主役を演じたのはフランスのナタリー・デセイで、私にとってはそのことがこの映画を「見てみたい」と思わせた理由である。他の歌手なら、残念ながらそうは思わなかったかも知れない。一線級の歌手が、ヴィオレッタをどう演じようとするか、そのことに興味が湧いた。

当日は台風の近づく大雨の天候で、映画館の場所を詳細に把握しないまま出かけた私は、渋谷の宮益坂をさまようことになった。ようやくのことで見つけたその映画館は、小さなビルの1階にこじんまりと存在した。こんな小さなところでやるのか、と思った。平日の午後の上演に客は十名程度。それでも3分の1といった感じ。

映画は、DVDの特典映像などによくあるような「メイキング映像」とは一線を画している。映画としての演出(監督:フィリップ・ベジア)にもすぐれているが、緊張と迫力で舞台に迫るという感じではなく、むしろしっとりとした感じに見せる。最初の振り付けから、やがてはピアノ付きの稽古、さらにはオーケストラとの音合せ、そして本番と、何通りものセッションを撮影し、それを通常のストーリー通りにたどりながら、つなぎ合わせる。ピアノ伴奏の稽古が、オーケストラ伴奏に変わるかと思えばその逆もあり、稽古の出来具合を進めたり遅らせたり。その様子が無理なくわかるので、見ていても違和感がない。

音楽を追いながら、私はやっぱりヴェルディのこの作品はいい曲だなと思った。音楽それ自体に語らせるだけで、物語が目に浮かぶ。だが、この映画では実は大きな見どころがカットされている。例えば第2幕の最後の重唱のシーン。ここは全体のクライマックスである。そして第3幕の「パリを離れて」。ここを見ずして「椿姫」を語るなというシーンである。これらを外したのは意図的であるとしか思えない。これらがなくても十分楽しいし、本番の楽しみをすべて奪う必要もないということだろうか。

デセイほどの大歌手となれば、演出家も遠慮がちに助言をする。後は歌手の自主性と演出家とのコラボレーションである。デセイはただ品がありすぎてジェルモンを歌った若い歌手よりも貫禄があるのは少し変だ。アルフレードは好感の持てる出来栄え。演奏はルイ・ラングレ指揮のロンドン交響楽団。ジャン=フランソワ・シヴァディエの演出は、過剰な読み替えでもなければ古典的な退屈さもない。場面を象徴する絵の垂れ幕が何枚も舞台に吊り下げられ、道具は必要最小限ながら、情景を強調する効果を持つ。

そういえばこの映画では、意図的に音声が消えるところがある。次はこのメロディー、と分かる人には期待をさせておいて、音が出ない。映像は歌手が歌っていたり、演じていたりする。その無音声部分によって、より映像と音楽への集中力が増す。このようなこだわりのある映像と編集は、やはりこれ自体が作品としての主張を持っていることを意味している。だが、それも素晴らしい音楽と歌手がいればのこと。あくまでそれを邪魔しない、というのが好感の持てるところである。後は実際に作品を見てみて欲しい、ということだろう。

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