2018年3月4日日曜日

「TANGO GOES SYMPHONY」(ペーテル・ブレイナー指揮ラズモフスキー交響楽団)

珍しいことに東京にはまだCDを売る店があって、新宿にもタワーレコードが健在である。クラシックの売り場はどんどん縮小されてはいるが、ここへ行けば新譜だけでなく、結構な量のCDの中からいくつかを買うことが出来る。私はもう1年に数枚しかCDを買わなくなって久しいが、その日はたまたま時間ができたので、仕事の帰りに立ち寄ってみた。

もっともお目当ては「ぶらあぼ」という月刊誌(無料)で、月単位で全国のコンサート情報が掲載されている。これをパラパラとめくりながら、これから行くコンサート情報を眺めるのが好きである。タワーレコードにはその「ぶらあぼ」が置かれていて、自由に持って帰ることができる。

目的を達成した後でまだ少し時間があったので、何気なく売り場を徘徊していたところ、どういうわけかこれだけはレーベルごと別なって売られているNAXOSのコーナーの片隅に「TANGO GOES SYMPHONY」と題されたCDが目に留まった。これはタンゴの有名曲の数々をオーケストラ曲風にアレンジした企画もの、編曲ものであることはすぐに判明した。

最近私は公私に亘って一区切りがつき、まだ肌寒いものの陽射しが増してくる初春の季節を、気持ちよく過ごしている。まだ花粉症にもなっていないようなので、毎夜の散歩も楽しみである。そんなお供に少し軽い、気取らない曲も聞きたいと思っていた。「タンゴ」と聞いてピンと心が震えた。そのCDは新品なので1200円以上もする。NAXOSは「CDの文庫本」であると言われた時代は過ぎ去り、今では大手レーベルの再発ものよりも高くなって「お買い得感」はあまりない。それでも毎月いくつかのCDをリリースし、その多くがあまり知られていない作曲家や作品であるという路線は変わらない。

手に取った瞬間「買おう」と衝動的な気持ちになるのを覚えながら、このような感覚は久しぶりだと思った。ネットで気軽に音楽が聴ける時代、何か新しいものに出会った時のはやる気持ち(それは出会ってから実施に体験するまでの、期待と興奮に満ちた、短くも長い時間のことである)が得られることは少ない。ただ問題はその演奏である。ラズモフスキー交響楽団という聞いたことがない団体。CDの帯にはそれでも日本語で「もうお馴染みのペーテル・ブレイナーの編曲・演奏シリーズ」などと書かれている。そうか、知らぬ間にお馴染みになっていたのか!もっともこのCDの録音は2001年だから17年も前。私はこの頃なら、ときおりCDを買っていた記憶があるが、このような演奏家は知らなかった。

タンゴとはもともと南米アルゼンチンの音楽である。アルゼンチンというのは私の子供のことからの憧れの地で、昔見た写真集の中にブエノスアイレスのビル街を撮ったものがあって、その写真は今でも時々夢に出てくるくらい鮮明に覚えているのだが、そのわが麗しの国、アルゼンチンを旅行したのは今からもう30年近く前になる。その時の話はいずれここにも旅行記として書かねばならないのだが、今日聞くのは本家のアルゼンチン・タンゴではなく、そのスタイルがヨーロッパに渡って発展したコンチネンタル・タンゴの方である。

ただコンチネンタル・タンゴにもいくつもの流れがあって、もっとも有名なのはドイツ系のものだと思っているが、今回のCDは何とスロヴァキアのオーケストラが演奏している。そして、新たなブレイナーのよる編曲はまた独自のもので、時にタンゴという枠を離れ、ジャズの雰囲気も醸し出しながら、フルートが活躍するというものだった!

解説書を読むと、ラズモフスキー交響楽団というのは、ブラチスラヴァのいくつかのオーケストラの奏者で構成される団体である(あのベートーヴェンの弦楽四重奏でも有名なラズモフスキー伯爵にちなんでいるのかも知れないが…)。ブレイナーはここで編曲、指揮、それにピアノを担当している。独奏楽器が活躍するのが特徴で、もっとも活躍するフルート(シェフィカ・クトゥルエル)のほかに、当然アコーディオン、トランペット、ドラムスなどが、静かな夜の大人の雰囲気を表現している。お洒落なライト・クラシックである。だがいわゆるイージー・リスニングとは異なり、アレンジの妙を聞いているだけで楽しめるだけでなく、奏者の技巧も確かであることで心も気持ちよくなってくる。夜の散歩に持ち出し、リズムに合わせて歩いていると、次第に暖かくなっていく風が頬を撫で、街の明かりが運河の水面に反射して揺れ動く都会の倉庫街の雰囲気に実に合う。そういえばタンゴ発祥の地とされるカミニートもそんなところだった。

リズムが途中で途切れたり変化するので、これで踊ることはできないだろう。オーセンティックなタンゴの演奏を期待してはいけないし、活躍しすぎるフルートの音が好きか、という問題も残る。もっとも後者は慣れると気にならないばかりか、卓越したフルートの音色が馴染んでくる。そして編曲の妙味だろう、たとえば有名な「ジェラシー」などはどこか東洋的な、つまりは日本的な雰囲気を作り出している。

古典的な名曲からピアソラの作品まで、満遍なく網羅しながら、原曲を思い出す程度にはメロディーが残り、そのアレンジによってある時はジャズ、ある時はバロック!(バッハの「トッカータとフーガ」なども聞こえる)というように姿を変える。だが一定のスタイルの幅を超えることはない。ここがポップス・オーケストラの聞かせどころと心得ている。また独奏楽器を含め奏者の腕前が確かなので、録音でごまかされる感もない。

というわけでこのCDは今では私のお気に入りとなっている。ユニークなタンゴであはあるが、このような企画されたCDを聞くことは困難な時代になってしまった。このCDをトラック単位で楽しむことは、ネットの時代でも可能ではある。けれどもCD全体を聞きながら次第に体が馴染んでいく時間を楽しんだりして、トータルで感じる味わいの素晴らしさをどこかに忘れてしまっていると感じるのは私だけだろうか。


【収録曲】
1.エル・チョクロ(アンヘル・ビジョルド)
2.ラ・クンパルシータ(ヘラルド・ロドリゲス)
3.ミス・メンダシティ(ペーテル・ブレイナー)
4.ノスタルヒコ(フリアン・プラサ)
5.アディオス・ノニーノ(アストル・ピアソラ)
6.ミロンガと私(ティト・リベロ)
7.涙と微笑み(パスクァル・デグリージョ)
8.ソー・イン・ラヴ(コール・ポーター)
9.オブリビオン(アストル・ピアソラ)
10.ジェラシー・タンゴ(ヤコブ・ゲーゼ)
11.来るべきもの(アストル・ピアソラ)
12.オルランド・ゴニに捧ぐ(アルフレド・ゴビ)
13.場末の誇り(フランシスコ・カナロ)
14.メランコリコ(フリアン・プラサ)

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...