新しい年の最初のN響定期に思い立って出かけた。金曜日の夜のコンサートにも関わらず、当日券は沢山余っていた。指揮は私としては初めて聞くフランス人のステファヌ・ドゥネーヴ。プログラムは色彩豊かな大編成もので、まずルーセルのバレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」第2番、続いてサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番イ短調(独奏はゴーティエ・カプソン)、後半はポピュラープログラムで、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」とレスピーギの交響詩「ローマの松」。お正月に相応しい絢爛豪華なプログラムである。
いつものように3階席の自由席で通路側の席を確保すると、再び1階へ降りてワインを飲む。NHKホールのドリンクはビールでも確か400円くらいだが、ワインは1杯800円もする。けれどもこれはなかなかおいしい。年が明けて最初の週にもかかわらず、私は仕事のことで頭がいっぱいで、心に余裕はなく、とても音楽など楽しむ気にはなれない。そのすさんだ気持ちを、なるべく早くクラシック音楽に向けるには、ちょっとしたアルコールが必要だった。
開演前のワインは、このような気分転換にはうってつけなのだが、プログラムの前半に睡魔が襲うことになるのは目に見えている。これは想定通りである。ルーセルの「バッカスとアリアーヌ」は、従って結構大編成であるにもかかわらず、記憶にほとんどない。一方、カプソンを迎えてのサン=サーンスは、チェロという比較的小さな音の楽器がソロを務めるにもかかわらず、3階席まできっちりと聞こえる演奏で、オーケストラとの呼吸もピッタリの名演だった。いろいろな独奏のチェリストを聞いてきたが、カプソンは一等秀でているような感じを受ける。テクニックということもあるが、音が前面に出てくる。そのことがチェロの魅力を高めているような気がする。アンコールに演奏された「白鳥」では、何とドゥネーヴが舞台左奥のピアノを自ら弾いて、美しい至福の時が流れた。
ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」は、時代が少し遡る。冒頭でイングリッシュ・ホルンが見事なソロを披露する。多くの打楽器もピタリと決まる。フランス音楽の特徴は、たとえばドイツやロシアの作曲家の作品にないような楽器の組合せが聞こえることだ。ドゥネーヴは非常に大きな体で、いつもよりオーケストラの音も大きく感じられるが、決して力任せの指揮をするわけではなく、むしろ緻密だと思った。そして歌う。それはピアニッシモの美しさに現れている。
そのことが見事に実感されたのは、やはり「ローマの松」だろう。千変万化するリズムと、数々のソロの重なり。いっときの予断も許さず見とれているうちに、様々な楽器が登場する。極めつけは舞台後方に備えられたSP蓄音機であった。打楽器奏者がこの蓄音機を鳴らすと、かすかなスノーノイズを伴った小鳥のさえずりが聞こえて来た。それに合わせて奏でられる木管楽器の美しさといったら!インフルエンザが猛威を振る東京で、少しせき込む人もいたが、レスピーギが自ら指定したと言う蓄音機が、これほどにまで饒舌に「ジャニコロの松」を表現するのは聞いたことがない。
蓄音機の音響効果に酔っていたら、今度は次第に楽器奏者が増えて行く。舞台の両サイド上方にあるバルコニーには、普段はテレビカメラが設置され、今日もプログラムの前半にはカメラマンがいたが、今はオルガン奏者と、それに何名かの金管楽器の譜面台が置かれている。両サイドからの管楽器とオルガン、それにチェレスタだのピアノだの、そして大規模な打楽器。すべてが一斉にクレッシェンドしていく「アッピア街道の松」は圧巻であった。ドゥネーヴという指揮者の美しさはまた、フォルティッシモにおいても堅調であった。決して音は濁らず、破たんもしない。それでいて迫力満点の音のパノラマは、大盛況うちに幕を迎えた。ドゥネーヴという若い指揮者は、なかなかいいと思った。
2019年は平成最後の年となる。国内外ではいろいろな問題が山積する中で、クラシック音楽の世界などというものは、あまり大きな変化というものを感じない。だからこそ、今日も古い音楽に耳を傾けるという地味で保守的な楽しみが、一層価値のあるものに感じられる。そういうことを改めて感じる年明けである。
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