2019年7月15日月曜日

ビゼー:「アルルの女」第1組曲、第2組曲(ギロー編)(ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団)

学生時代に初めてヨーロッパ旅行をした時には、私はかなり欲張り過ぎていたのだろう。北欧からドイツ、オーストリア、スイスなどを経由し、イタリアを巡る頃には日程も半分以上を経過していた。このままではイベリア半島や英国に渡ることはできない。そう考えた私は、ローマのテルミニ駅からスペインのバルセロナへ向かう夜行列車に飛び乗った。

列車は地中海岸沿いをひた走り、モンテカルロに着くころには夜も更けていた。早朝のマルセイユで、パリ辺りから来た同類のバックパッカーが大量に乗り込んできて、以降、バルセロナまでは満員の列車だった。おかげでスペインやポルトガルにまで足を延ばすことはできたのだが、南仏のあの美しいプロヴァンス地方をスキップしてしまった。1987年の夏のことだった。

これから何度も行ける、と若い頃は考えていた。実際、そのあとヨーロッパを旅行したのは何度かあって、スイスに2か月以上滞在したこともあったのだが、未だに南フランスへの旅行は果たされていない。だから私がビゼーの音楽「アルルの女」を聞くときには、想像力を掻き立てながら、眩くような光と地中海の風に抱かれた、さぞ麗しいところだろうと空想している。

この「アルルの女」の聞き方は、私がこの曲を初めて聞いた中学生の時からまったく変わっていないということを意味する。この曲を聞いたのは、学校の音楽の授業の中でのことだった。フランス音楽の柔らかい響きは、それまで専ら聞いていたベートーヴェンやモーツァルトなどのドイツ音楽とは対照的な魅力があることを発見した。先生は、第1組曲の第4曲がヨーロッパの教会の鐘をモチーフにしていること、「タンブラン」と呼ばれる民族楽器が効果的に使われていること、第2組曲は夭逝したビゼーの友人ギローが、別のオペラ「美しきパースの娘」のメロディーも引用して作曲したこと、などを説明し、これらは「試験に出しますから」と余計なことを言った。

私は友人と「アルルの女」のLPレコード(たしかクリュイタンス指揮)を買ってきて、それぞれの曲を覚えるまで聞いた。最も有名な第2組曲のメヌエット以外にも、第1組曲にもメヌエットがあって、ここの音楽を私は好きになった。中間部でフランスの田舎を空中飛行するような気持になった。第2組曲の第2曲は牧歌で、目立たないが旋律の美しさがとてもいい。最後の「ファランドール」は再び主題が登場してクレッシェンドしながら速度を上げ、見事なフィナーレを迎える。

クリュイタンスの演奏は、もっとも定評のあるもので、音質は悪く、少々重たいものの、「これがフランスの音か」などとベルリンやウィーンのオーケストラにはない音色に瞠目したものだった。ハープやフルートといった楽器が多用されているのも印象的だった。

「アルルの女」の演奏は数限りないが、私はいまだに中学生の時のままの気持ちで接している。だから、カラヤンやアバドのような演奏も聞いたが、これらの演奏には私が求めているものは感じられない。他の多くのファンと同様に、フランスを感じさせてくれる演奏、それもしっとりほのぼのとしたものでなければならない。

そんな気持ちでこの曲に接してきたところ、ジャン・マルティノンがシカゴ交響楽団を指揮した演奏に出会った。シカゴ交響楽団はフリッツ・ライナーとゲオルク・ショルティの
 二つの黄金時代に挟まれた比較的地味な時代(それは60年代このとで、マルティノンによれば、暗黒時代だったようだ)のことである。けれども機能的なシカゴ響の名人芸はここでも健在で、ミキシングの効果もあるのだろうか、音色がきらびやかでフランス的である。

どの曲もしっとりとした味わいだが、「間奏曲」(第2組曲)の深々と音楽的な演奏は今では聞かれなくなった古き良き時代のものを思い起こさせるし、「ファランドール」の見事なアッチェレランドは、オーケストラの技量を含め見事の一言に尽きる。

 「アルルの女」はもともとドーデの戯曲を元にした劇音楽である。ビゼーはこの劇音楽が成功しなかったにも関わらず、その中からのメロディーを選んで組曲とした(第1組曲)。一方、ビゼーの死後に友人のエルネスト・ギローによる編曲で、この中には別の作品のメロディーも使用されている。けれども第1組曲の「前奏曲」のメロディーが最後の「ファランドール」にも登場する。

第2組曲の「メヌエット」と「ファランドール」はアルルの女でもっとも有名な部分で、特に後者はフランスからの来日オーケストラがよくアンコールで締めくくる。私もマゼール指揮のフランス国立管弦楽団の演奏会で聞いた覚えがある。

そもそもオリジナルの「アルルの女」も聞いてみたいと思っていたところ、クリストファー・ホグウッドがバーゼル室内管弦楽団を演奏したCDが登場した。私はこCD(カップリングはシュトラウスの「町人貴族」)をさっそく買って聞いてみた。このCDには、元の劇付随音楽「アルルの女」から後に組曲に編集されるようになった曲が、その登場順に並んでいて、何となく中途半端な印象がぬぐえない。やはり「アルルの女」は2つの組曲で聞くのが良い、というのが私の結論である。

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