2021年11月14日日曜日

東京交響楽団第695回定期演奏会(2021年11月13日サントリーホール、指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ)

新型コロナウィルス感染者が減少し、それにともなって少しづつ日常を取り戻しつつあるように見える昨今である。コンサートも通常通り実施されるようになってきており、人数制限も緩和された。もうしばらくは演目にのぼることはないだろうと思われた大規模な曲、特に合唱を伴うような曲は、飛沫感染の恐れを考えると、当然の如く避けたいところだ。だが、いくらなんでも小規模なオーケストラだけの曲というのも淋しい。

そう感じていたところ、東京交響楽団の定期演奏会でオルフの「カルミナ・ブラーナ」が演奏されるという。3人の独唱に加え、混声合唱団と少年合唱団。結構大声で歌う派手な曲だから、是非聞いてみたい。しかも指揮は、前から注目していたポーランド人、クシシュトフ・ウルバンスキである。彼は既に来日し、隔離期間を過ごしているという。だから公演は間違いない。ただ人気があるプログラムだけに、チケットの残りがあるか心配だった。公演は2回あり、13日のサントリーホールと14日のミューザ川崎シンフォニーホール。後者の方がマチネで、残り枚数も少なくなっていた。私が探した時には2階以上の高い位置の席しかなく、むしろ前日のサントリーホールでの公演の方が、良い席が余っているように見えた。

だが、私には直ぐにチケットを買えない事情がある。愛するオリックス・バファローズがクライマックス・シリーズに進出しており、その試合結果次第では、13日の18時、すなわち丁度コンサートの時間帯に次の対戦がある可能性が高かった。ところが10日から始まった対戦は、バファローズがアドバンテージの1勝を含め3連勝。12日の対戦で早くも日本シリーズ進出を決めそうになった。試合は逆転に次ぐ逆転となり、とうとう最終回、代打サヨナラヒットが出てバファローズが勝利を掴んだのである!こうなったら13日夜の予定がなくなり、コンサートに躊躇なく行くことができる。1階席のチケットを買ったのは当日のお昼で、合わせて日本シリーズのチケットも予約した。

すっかり日常を取り戻したかに見えるコンサートだが、出演者の一部変更が生じている。これは来日するはずだった音楽家が、来日できなくなったことによるようだ。同様の問題は各オーケストラでも生じており、N響でもたびたび指揮者の変更がアナウンスされている。またチケットの販売枚数も感染数の変化を見て修正されており、聞く方としてもなかなか大変である。それでも会場前で配布されるチラシの数は、コロナ前の分厚さに戻っている。お客さんも高齢者を中心に、出足好調のようであり、制限付きながらサントリーホールのバーカウンターも営業している(ここでは「山崎」と「響」が飲める)。

変更が生じた出演者の中には、プログラム前半でヴァイオリンを弾くソリストも含まれていた。ウルバンスキの出身国であるポーランドの作曲家、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏が、弓新というヴァイオリニストに変更されていた。弓新(ゆみ・あらた)は、1992年東京生まれのヴァイオリニストで、若い頃からヨーロッパに在住しているようだ。丸で弦楽器奏者になるべくしてなったような名前に驚くが、プロフィールによれば佐賀県に多い苗字だそうで、そこに尊敬する著名建築家磯崎新氏の名前を付けたようだ。私などは失礼ながら、中国人ではないかと思った次第。

だが、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲のような難曲を、直前に演奏するように言われたことは想像に難くなく、だとすればこれをこなす相当の実力と努力が必要だったと思われた。3つの部分から成るシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は、2つの戦争の間に活躍した彼の比較的若い頃の作品で、聞いた印象ではスクリャービンのようでもあり、ナイーブで神秘的な作品だと思った。弓はこの難曲を、最初はとても安全に弾いているように感じられたが、途中からは若々しく、少しづつ実力を発揮し始めたように思う。メリハリの効いた指揮によってオーケストラは好演。カデンツァでは指揮者は指揮台を下りて、ここは聞きどころであると合図した。オーケストラは雄弁な打楽器とピアノ、ハープなども混じり、あまり聞くことのない新しい音が次々と楽しめる作品ではあったが、ではいまどこを弾いているか、などとなるとまだまだ印象が薄いというのが正直なところ。

休憩を挟んでの「カルミナ・ブラーナ」では、通常のP席の位置に混声合唱団がディスタンスを取って着席。その人数は40名程度と少ない。一方、少年合唱団は十名程度が舞台左手の2階席に陣取っていたようだが、私の座っていた1階席左手奥からは一切見えなかった。このためいつ少年合唱団が入って来るのかとやきもきしていた。できれば正面に配置して欲しかった。

冒頭のメロディーが大音量で鳴り響いた時、ちょっと合唱が弱く聞えたが(もしかしたら席のせいかもしれない)、これは最初だけで続く音楽ではオーケストラと合唱が上手く溶け合って、この曲の精緻な面を多分に表現した名演だった。ウルバンスキの指揮は、その長身を生かしたパースペクティブの良さが際立っており、全体の音量と音感を微妙に調整しながら、各パートのどんな細かいタイミングもわずかのずれもないようにキューを出す。その見事さは特筆に値するだろう。私は初めて聞くこの指揮者の人気がわかるような気がした。

「カルミナ・ブラーナ」はもともと陽気な作品で、演奏によっては時代劇かチャンバラ映画の音楽のように感じることもある変わった作品だ。しかしここでのウルバンスキの演奏は、より精密に音色の変化を追求した。勢いに任せてはしゃぐのではなく、純音楽的な側面を際立たせる、いわば玄人向けの演奏だった。

新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の実力がこれを最大限に支えたのは言うまでもない。第1部冒頭の静かな部分では中世の響きが会場に満たされ、まるで教会にいるよう。そして2人が代役に交代という運命に見舞われたソリスト陣も好演。バリトンの町英和は、最初ちょっと線が細いと思ったが、後半になると声も大きくなり、おどけたように舞台右手から現れて第2部「居酒屋にて」を歌ったテノールの弥勒忠史は、出番は少ないながらも聴衆を惹きつけ、酔った演技も大いに素晴らしく、見とれているうちに舞台右手に消えて行った。

ソプラノを歌ったのは盛田麻央。彼女もまた今回の出演はピンチヒッターだったが、それを補って余りある熱演で持てる実力を示したと思う。そしてオーケストラ。ウルバンスキの見通しの良い指揮に合わせ、特にオーケストラのみが活躍する部分での千変万化するリズムを巧みに表現し、このコンビの成熟した関係を良く表していた。ウルバンスキが東響の首席客演指揮者だったのは、2013年からわずか3年だったようだが、このように定期的に指揮台に現れては名演を繰り広げているようだ。私も遅まきながら、そのファンに加わった次第。

前半のシマノフスキを含め、聞き惚れ得ていたら過ぎて行った、あっという間の二時間。コンサートは20時に終了した。合唱やオーケストラが引き上げても鳴り止まない拍手に応え、マスクをしたウルバンスキが再度登壇すると、会場からはさらに大きな拍手が送られた。

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