2024年2月18日日曜日

ブルックナー:交響曲第6番イ長調(ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団)

前にも書いた通り、交響曲第6番は私がブルックナーに開眼する契機となった曲である。なぜだかはわからない。当時20代だった私は、大阪から東京に出てきて最初の年に、いきなりN響の定期会員になった。といっても新入社員の月給は非常に安かったのでC席を選択した。3階席でも割と前の方で、しかも中央より。そして春に入社してまだ研修中だというのに、私は1992年4月から毎週のように、定時に会社を抜け出してはNHKホールに向かうことになった。

平日なので満席ということはなかったが、仕事を終えた安堵感と、簡単には解けない緊張感が交錯して音楽に集中するのが難しい。それでも東京での演奏会に出向いていることの嬉しさが勝っていた。慌ただしく席についてオーケストラの出番を待ちながらプログラムに目を通していると、間もなく演奏が始まる。知らない曲も多いので、開演前に飲んだワインの力もあって、睡魔に襲われるのに時間はかからなかった。その日は定期会員としての最初のコンサートで、東京で聞く初めてのコンサートだった。

当日のプログラムの前半は何とハイドンの交響曲第3番などで、後半はブルックナーの交響曲第6番。すべて初めて聞く曲だったし、ガブリエル・フムラとかいうポーランド人の指揮者も知らなかった(N響への客演も2回目、しかもこれが最後だった)。私は当然のように眠り、目を覚ましてからまた聞き続ければいいと開き直っていた。長いブルックナーの交響曲はそのような私にもうっけつけで、第2楽章はゆったりとしたメロディーが起伏を伴いながら進行する。私はブルックナーの音楽を散漫で退屈極まりないと思っていたから、その日は何も期待していなかった。ただN響の演奏会とはどのようなものであろうかと、初めて巨大なNHKホールに行ってみることが目的だった(あとでわかったことには、このコンサートはフェルディナント・ライトナーが指揮する予定だったが、病気で交代したらしい)。

おそらく第3楽章のスケルツォあたりで目が醒め、そして当然の如くその後は頭が冴えわたった。第4楽章に入り、次第にコーダに向かっていくところで、私の脳に化学変化が起きた。どういうわけか、ブルックナーの音楽がアルプスを背景にそびえるゴシック風建築(教会)に思えてきたのである。一糸乱れぬN響が、まるでひとつの楽器になったように思えた。私は雷に打たれたように動けなくなった。それから終演までの数分間は、まったく奇跡のようにどこか遠くの世界へ行っているように感じた。フォルティシモになっても綺麗なアンサンブルとは、かくも美しいのかと思った。

会場にいたすべてのひとがそう感じたわけではない。温かいが醒めた聴衆からは、普段と変わらない不熱心な拍手が起こり、テレビ収録もある日の客席は7割程度の入りでしかない。だが私には、それが大名演に思えた。熱心に拍手をして指揮者のカーテンコールを楽しんだ。心が幸福感で満たされ、私はブルックナーの音楽がこれほどにまで浄化作用のある音楽だとは思わなかった。なぜ多くの人がブルックナーに心酔するのかが、少しわかるような気がした。

このような「ブルックナー現象」は、常に生じるわけではない。むしろ滅多にしか起きない。だがごくまれに、ほんの偶然のように、雲の合間から光が差してアルプスの高峰が、金色に輝く時がある。畏怖の念さえも感じさせるそのような瞬間は、まさにライブで演奏を聞く醍醐味と言える。

さて、交響曲第6番は、改訂だらけのブルックナーの音楽には珍しく、ほとんど稿の違いというのが存在しない。作曲者自ら完成度が高いと考えていたのだろう。比較的平凡な第4番を経て初めてブルックナーらしさが確立する曲が第5番と言われているが、第5番は少し暗くなかなかいい演奏に出会えない。これに対し、この第6番は比較的演奏によるむらがないと言える。続く第7番、そして最高の(と私は思う)第8番の4曲が、連なるアルプス連峰のようにそびえている。特に第2楽章アダージョの素晴らしさは、他の曲に引けをとらない。全体に楽天的で明るく、こういう音楽ならずっと聞いていたい、何も考えたくない、とさえ思わせる。

第1楽章は親しみやすいメロディーだが、何となく複雑でぎこちない展開に感じる時もある。私のイメージは朝の音楽である。第3楽章のスケルツォは、少し聞いただけでブルックナーとわかる曲である。ホルンの活躍するトリオ部分を挟んでたっぷりと楽しめる。第4楽章はちょっととりとめがない雰囲気が漂う。けれども第1楽章から聞いてくると、この楽章はそのまま勢いで聞ける。特にコーダは快速に飛ばし、一気にたたみかけるように終わる。

私がブルックナー好きになるきっかけとなったこの交響曲は、ディスクを揃える際に、特に綺麗な音で聞きたいと思った。いろいろ探し求めていた矢先、ヘルベルト・ブロムシュテットがサンフランシスコ交響楽団を指揮したデッカ盤がリリースされた。ブロムシュテットにはこのサンフランシスコ響盤を含めて3種類あるらしいが、これは2番目のもので、今となっては存在感が薄い。他の2種を聞いていないので何とも言えないが、私はこの演奏で満足である。とにかくしみじみと綺麗で明るく、健康的。交響曲の前にはワーグナーの「ジークフリート牧歌」が収録されており、こちらも静かで整った名演。とにかくサンフランシスコ響の美しいアンサンブルに聞き惚れるうちに曲が終わる。

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