2014年11月15日土曜日

ハイドン:交響曲第92番ト長調「オックスフォード」(ニクラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス)

第92番の交響曲は「オックスフォード」なるニックネームが付けられているが、ザロモン・セット、すなわち「ロンドン交響曲」には分類されていない。この曲はこの時期の一連の交響曲同様、ドニ伯爵の依頼によって作曲されたからである。だがハイドンはこの交響曲を、英国滞在中、オックスフォード大学から授与された博士号へのお礼として演奏した。それに相応しい風格と壮麗さをたたえた感動的な作品であると思う。

私はこの作品を、レナード・バーンスタインが指揮するウィーン・フィルの演奏(1983年)で聞いていたが、それはまことに堂々としていて、第1楽章の主題などは耳にこびりついて離れなかった。この演奏はビデオでも発売されているが、この時期の一連の演奏と同様、円熟実を増す米国人指揮者とウィーン・フィルの蜜月時代を示すものとなっている。ベートーヴェンを筆頭に、シューマン、モーツァルト、ブラームス、それに何と言ってもマーラーの交響曲全集を、何度ビデオやCDで聞いたかわからない。どの曲でも、それまでに聞いたことのない新鮮な響きが感じられ、ロマンチックでありながらも熱い名演が、ほとんどライヴで収録されていた。

そういう思い出に懐かしく浸りながら、私はほかの演奏にも耳を傾けていった。第91番で取り上げたカール・ベームによる演奏もまた、ウィーン・フィルとの幸福な一時代を想起させる名演奏だが、美しい音色と優雅なメロディー、それに少し田舎風でやぼったい感じがする以外は、これといって特徴がない演奏であるとも思えてくる。そのことも含めて、これはベームらしい演奏であった。

一方、サイモン・ラトルがベルリン・フィルを指揮して録音した演奏は、丸でローカル線から新幹線に乗り換えたようにスピーディーで、疾走する演奏はまた重厚かつ迫力があり、次の時代の幕開けを感じさせる。この曲の「お気に入り」はラトルで決まり。そう思いながらこのブログを書くことにした。

ところがここで私は、YouTubeという、今では音楽生活に欠くことのできなくなった動画投稿サイトにより、稀有の名演とでもいうべきライブ映像に接することになった。チェチーリア・バルトリを迎えて開かれたハイドンのコンサートの冒頭に、交響曲第92番が演奏されており、その部分の映像がアップされていたのを発見したからだ。指揮はニクラウス・アーノンクールで、自ら組織したウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが白熱の名演奏を繰り広げている。その集中力と迫力はすさまじく、見ていると手に汗がにじみ、体中が熱くなっていく。記録によれば2001年、グラーツでのライブ収録のようである。

この映像を見ていると、21世紀になってクラシックの大作曲家がいなくなっても、新しい音楽に出会うことはできるものだと思われてくる。その様子は感動的であることを通り越し、驚異的である。あらゆるリズム、そしてフレーズが、丸で魔法をかけられたように迫ってくるからだ。アーノンクールの演奏するハイドンは、数多くのCDがリリースされているし、そのうちの何枚かは私も所有しているが、こうやって映像で見ていると、限りなく多量の情報量が、私の五感を刺激してくれるのである。

BBCがこの映像をDVDでリリースしており、それを買うことでこの映像はより上質に再生できる。第1楽章の序奏から、インティメントに溢れた情感は豊かである。第1主題が提示されると、バーンスタインやベームの演奏とはまるで違った曲がほとばしり出る。うれしいことにその主題は反復され、第1楽章が終わるころにはもう圧倒的な感銘の中にいる自分を発見する。

第2楽章のやや長ったらしい音楽も、早めのテンポに独特のアクセントをつけることで、丸でアンティークの家具が磨かれてよみがえったようである。第3楽章に至っては、これほど興奮に満ちたメヌエットがあるであろうか。3拍子のリズムが怠惰なものに感じられなくもない他の演奏を凌駕していることは言うまでもなく、そもそもこういう曲だったのだ、と言わんばかりに説得性がある。

終楽章プレストに至っては、オーケストラの見事な技術と次々に繰り出される楽器の重なりに狂気する。アーノンクルールは要所を押さえつつ、ものすごい集中力でありながら、ときおり楽譜をめくるなど余裕も感じられ、その興に乗った指揮ぶりは映像で見ると楽しさ百倍である。

「オックスフォード」交響曲は、いよいよ晩年の大作「ロンドン・セット」に含めてもいい完成度を誇っている。だがそれも演奏によって、こうも表現が違うものかと改めて感じた。アーノンクールのような演奏家によって、この曲は再び息吹を与えられ、おそらくはそのことが、ハイドンの音楽の評価を変えてしまったのだ。

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