日曜日に早起きして快晴の都会を散歩する。吹く風はやや冷たいが、中高年を中心に多くの人が歩いたり、走ったりしている。私は手持ちの携帯音楽プレーヤーで、気ままに音楽を聞くために散歩している、と言ってもいい。他になかなか時間がないからだ。
このような美しい一日の始まりに、今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を選んだ。コピーして持ち出した演奏は、クラウディオ・アラウがピアノを弾き、コリン・デイヴィスが伴奏を務める高評価の名演で、録音は1984年となっているから今となってはもう30年も前のことである!それでも上手にデジタル録音されたこの演奏は、聞きごたえがあって素晴らしい。
どのように素晴らしいかは、古今東西の音楽評論家やブログなどで取り上げられているから、あまり多くを語っても仕方がないだろう。とにかくこの演奏は、ベートーヴェンの第4ピアノ協奏曲の魅力を、完璧に表現している。そのピアノ協奏曲第4番とはどのような曲か。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲には5つあって、その4番目のこの曲は、おそらく第5番「皇帝」に次に有名である。しかし第4番を「皇帝」以上に評価する人が多いのを私は高校生のころに知った。第5番の素晴らしさは言うに及ばないが、それよりもいい曲だと言うのである。そこで私は、当時家にあった演奏(ピアノ:グルダ、シュタイン指揮ウィーン・フィル)で聞いてみた。するとどうだろう、華麗なカデンツァで始まる明るい第5番とは対照的に、おごそかなピアノのソロで始まるではないか。
オーケストラの渋い伴奏は盛り上がりに欠け、長い第1楽章の間中、ピアノについたり離れたり。ベートーヴェンにしては随分おとなしい曲だなと思ったのである。その印象は第2楽章に入って、よりいっそう強固なものとなった。旋律があるのかないのか。主題は何か見当がつかない。結局どこを聞いているかわからないにの、いつのまにかオーケストラが早いメロディーを演奏し始めるではないか。第1楽章に比べてあまりに短い第2楽章がいつのまにか終わり、途切れることなく第3楽章に入ったのである。
第3楽章はなかなかいい曲だなと思った。何か新しい時代がはじまるような、そんな雰囲気に溢れている。そう言えばこの曲には個人的に、強い思い出がある。絶望の淵にあった20歳の冬、私は友人たちと酒を飲み、酔っ払って気がつくと家のベッドに寝ていた。その朝はとても早く起きたので、思い立って近くを散歩しようと考えた。まだ寝静まったニュータウンの実家を抜け出して見晴らしのいい公園に入り、日が昇るにつれて次第に赤みを増していく住宅街の、連なる屋根を見ていると数日前にラジオで聞いたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番のメロディーが、耳に鳴り響いたのである。
それは不思議な経験だった。何か新しい時代が来たような気がした。それまでの悩みが吹っ切れて、また第1歩が踏み出せそうな気がしたのである。以来この曲は、私に深い愛着を与える曲となった。特に第2楽章の、深く沈んだ沈鬱な状態から、おもむろに第3楽章のメロディーが流れてくる瞬間が、大好きになった。この時私の耳に響いた演奏は、FMで聞いたザルツブルク音楽祭のライヴ録音で、ピアノがポリーニ、アバド指揮のウィーン・フィルによる演奏だったと記憶している(ポリーニはベームとこの曲を録音しているが、後年アバドとはベルリン・フィルとの演奏がリリースされ私も持っている)。
私のこの曲への愛着は、上記のようにやや個人的な経験に基づいて形成されていった。以来この曲を聞くたびにその時の状況を思い出すのである。今では大好きな第4番であるが、ではその他のピアノ協奏曲がつまらないとは決して思わない。第一ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、5曲が5曲とも最上級の魅力を持っているので、そのランクをつけることなど意味がないのである。この第4番は他の曲とはまた違った魅力を持っており、それはピアノの表現の幅を曲ごとに拡大していったベートーヴェンの天才的偉業の成果である(交響曲やピアノ・ソナタ、それに弦楽四重奏でも同じことが言える!)。
ところでこのアラウによる演奏では、ピアニストの年齢が80歳を超えている。にもかかわらずその表現は実に質実剛健であり、かつ繊細でもある。そしてこの演奏の成功の大きな原因の一つは、コリン・デイヴィスによる低音を鳴り響かせた立派な伴奏とドレスデンの響き、そのピアノとの相性である。これほど遅い演奏であるにもかかわらず緊張感を失わず、同時にゆったり音楽に身をゆだねることのできる演奏は驚異的である。このことは第5番「皇帝」にも言える。この2曲がカップリングされたCDとしては、今もって決定的名盤の一つであると言える。
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