第4楽章に「子供の不思議な角笛」の中の「天上の生活」が使われているが、この音楽は当初交響曲第3番の第7楽章として用いる予定だった。そういうことからこの曲は、第3番との関連が深いということになっている。けれども作曲された年1899年は、第3番の完成後3年を経ている。この3年間にマーラーは、生活上の大きな変化を経験している。すなわちウィーン宮廷歌劇場およびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任しているのである。
このときマーラーはもう39歳になっていたが、結婚を控えてキリスト教に改宗するのもこのころである。いわば人生の絶頂期ともいえるような時期が、この遅咲きの作曲家にも到来した。交響曲第4番はこのような中で作曲され、全体に幸福感がみなぎっている作品である。
初めて聞いた時の印象は、何と静かな曲かということだった。マーラーの大袈裟なほどに大規模な編成を持ち、特に最終楽章ではとてつもなく肥大化する・・・そう安直に考えていた中学生の私は、この曲が終始大人しく、わずかに何度かのクレッシェンドがあるだけという、丸で地味な、つまりはマーラーらしからぬ曲だと思ったのである。小規模・・・と言ってもそれはマーラーの他の交響曲に比べればという話であって、演奏時間は1時間近くにも及ぶ。終楽章にソプラノの歌声が入り、冒頭や第4楽章の鈴の音が印象的であった。
一見目立たない曲のようではあるが、コンサートでの演奏回数は結構多い。おそらく合唱を伴わないうえに、いくつかの楽器が不要であることなどから、興業的には収支がいいからではないかと思う。録音の数も多く、単一のCDに収まることもあり、私も第1番「巨人」の次に買い求めた曲である(そして第5番へと続く)。その時の演奏は小澤征爾指揮ボストン交響楽団(ソプラノ独唱:キリ・テ・カナワ)だった。この演奏はオーケストラが大変うまい上に録音もよく、とても素敵な演奏である。だが聞き直すうち後半になると何となく単調に感じられる上、テ・カナワの独唱があまりいいとは思えない。
第3楽章の美しさは、聞けば聞くほどに味わいが深まる。特に前半は幸福感に溢れ、最上のムード音楽のようでもある。だがそれをあざ笑うかのような独特のメロディーが挿入されてその感覚を打ち消すあたりのマーラー特有の性質は、この曲も持ち合わせている。それもまた魅力であり、その極みは第2楽章の「死の舞踏」である。3拍子の続く室内楽的なメロディーは、最初聞くと退屈だがやがて楽しくなる。
冬至を目前に控えたある晴れた日の朝、北関東へと向かう列車の中でこの曲を聞いた。演奏はロリン・マゼールの指揮するウィーン・フィルの演奏である。80年代の前半、マゼールはウィーン国立歌劇場の音楽監督の地位にあり、そしてついにウィーン・フィルを指揮してマーラーの全曲録音を行ったのである。それは丁度、マーラーがこの二つの組織で活躍したことと重なる。まるで「音の魔術師」とでも言うにふさわしいようなマゼールの表現が曲にマッチし、この第4番は大変な名演だと思う。
すべての音符は独特の美的感覚で再配置され、綺麗に磨かれている。ウィーン・フィルの美しさを引き出しながら、時にゆっくりと止まりそうなくらいにテンポを落とすかと思うと、微妙なアクセントでワルツを踊る。感覚的には遅い演奏だが、ほかの演奏がどうしてこのように響かないのかと思ってしまうような天才的な演奏で聞くものを飽きさせない。第3楽章の冒頭がこれほど美しいと思ったことはないし、SONYの録音も大変良い。第4楽章の独唱は絶頂期のキャスリン・バトルだが、この歌がまた素晴らしい。私の聞いた第4番の演奏の中で、彼女の歌声はベストである。
この演奏の魅力は、皮肉なことを言えば、ほかの演奏を聞いた後にわかる。だが第3楽章冒頭の美しさとバトルの歌声には、初めて聞いた時にも感動するだろう。
朝の郊外へと向かう列車は恐ろしいほどに空いている。雲の中から時折弱い日差しが車内に注ぐのを受けながら、静かな音楽に耳を傾けている。弦楽器の重なり合う見事なメロディーが現れたかと思うと、踊りたくなるような部分が続き、その諧謔的な雰囲気がこのような旅行に合っていて心が和む。そうして時間を過ごすうち、列車は住宅地を抜けて利根川を渡り、田畑の広がる農業地域へと入っていった。
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