モーツァルトがピアノ協奏曲というジャンルを深化させたとしたら、ベートーヴェンはより広く高いものへと進化させたと言えるかも知れない。9曲の交響曲がそうであったように5曲のピアノ協奏曲もまた、後世の作曲家にとって容易に超えることのできない壁となってしばしば立ちはだかり、いくつかの稀有な作品はそれを乗り越えた。
その5曲のピアノ協奏曲のうちでももっとも華やかでモニュメンタルな作品はやはり「皇帝」であろう。この作品の録音には枚挙に暇がなく、ほとんどすべてのピアニストにとって一度は演奏・録音すべき作品のように存在しているような気がする。だから私も気が付いてみたら数多くのCDを所有している。何度聞いても、そしてどのような演奏で聞いても感動的である理由は、作品が素晴らしいからだというほかない。そこにさらにもう一枚、これが最後とおもいつつコレクションに加わったCDが、ロシアのピアニスト、ミハイル・プレトニョフの演奏する一枚だった。2006年の録音なのでもう10年近くも前ではあるが。
第1楽章の冒頭でこのピアニストは、何とそれまでに聞いたことのない表現を乱発する。その自由闊達さがあまりに個性的であるにもかかわらず、聞いていくうちに引き込まれ、聞き終わってみるとこれまでの演奏があまりに大人しすぎるように感じてしまう。当時の私のメモには興奮した様子で以下のように知るしている。
「この新譜CD、何とこの1曲のみの発売である。いまどきたった37分の収録時間とは何とも珍しいし、だいたい高飛車な企画である。しかしこの演奏を聞いてみて、やはりというべきか合点がいった。その演奏の素晴らしさゆえに、売れると踏んでいるのだろう。
このディスクは、ベートーヴェン輝かしいピアノ協奏曲の演奏史にいおて、ケンプとライトナーによるもの、あるいはコヴァセヴィッチとデイヴィスによるもの、それにエマールとアーノンクールによるものといった、スタジオ録音された過去の代表的名演奏に匹敵し、ライヴ収録された演奏としては、ミケランジェリとジュリーニによるもの以来となる歴史的な演奏であるような気がする。」
流れるような部分では一瞬立ち止まり、おやっと思わせたかと思うと一気に駆け下る。あるいはまるでショパンを思わせるような流れるようなロマン性を表現する第2楽章の美しさ。第3楽章に至ってはもうやりたい放題である。だがこの演奏が計算されつくした虚飾性を感じるかといえば、そうではない。もしかしたら作為的なのかも知れないしその可能性も大きいのだが、少なくとも聞いている限りでは自然な表現としてこのようになっているという感じがする。つまり一種の試行錯誤を経て到達された「こうであるべきだ」という説得性を持つ表現なのである。
プレトニョフは過去の演奏、あるいは経験的に当然のこととされてきた部分をも見直し、おそらくは自らの感性に従って再構築したのではないか。ピアニストとして曲の表現の幅を広げることこそ、その使命である。ここに迷いはなかった。そのことを可能にしたのは、伴奏をするオーケストラで、かれはこのロシア・ナショナル管弦楽団を自ら組織した。
指揮者としてのキャリアも十分なプレトニョフが自分のオーケストラを指揮するのだから、当然弾き振りでもよかったはずだ。けれども彼はその指揮に、クリスティアン・ガンシュという無名の指揮者を起用した。いやライナー・ノーツによれば彼は、指揮者ではなくドイツ・グラモフォンのプロデューサーだそうである。そしてそのことがオーケストラの演奏に自信を与え、また彼自身余裕をもつことができた。ガンシュの指揮はピアニストに合わせているが、プレトニョフが必要と感じるすべてのことをしている。それは決して控え目にもならず、目立ちすぎもしない。おそらくはこの組み合わせでなければできない演奏を繰り広げている。
だがこの演奏はライブである。 感性に従って再構成した音楽に即興性を加えている。揺れ動くメロディーや瞬間的なひらめきのようなリズム。それが完璧なテクニックと生理的な安堵感の中で展開されることにより、従来の曲が持つ魅力を超えた魅力を持ち始めている。もしベートーヴェンがこの曲を生で弾いたら、大袈裟で思い入れたっぷりの演奏だったろうと思う。そしてこの演奏はそういうことを考えさせてくれるような刺激的な演奏である。
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