カタ・ビーチのホテルそばにあるレストランもまた、タイであってタイでない、という独特のものだ。例えば私たちはある日、TripAdvisorで高評価のタイ・レストランが、ホテルから歩いてわずが10分の距離にあることを知り、予約もせずに出かけた。予約がない客としては最後の一席が、そこのイギリス人のオーナーによって私たちに割り当てられたが、この小さなレストランは山へと向かう狭い通りの脇にあって、景色が良いわけでもなければ交通が便利でもない。ところがここに大勢の客(西洋人だ)が押し寄せるのだ。
同様のレストランがその向かいあたりにある。このレストランは何とトルコ料理店で、見た感じではさびれたレストランである。倉庫を改造したような小さな店は、連日満員で私たちは予約がないため、諦めざるを得なかった。口コミで最高評価という触れ込みからは想像できない、小さくてぼろいレストランであった。
タイであってタイでない、というのがプーケットだが、その中でもカタ、カロンの界隈は、その西洋化のレベルにおいて他を抜いている。それが好きならそれでも良いが、タイらしさを求める向きには拍子抜けである。物価も高い。
カタより南のビーチもおそらくは、似たような側面があるのだろう。だがそれらはもっと静かで、そして自然が豊かである。ところがこれらのビーチは、どこに行くに不便である。空港からも遠い。
バンタオ・ビーチは私の感覚では、おそらくもっとも素敵なところで、人は少なく海岸は広い。けれどもそこはそこで、パトンのような猥雑さを嫌う向きが多いというだけで、タイの味わいを残しているようには見えるが、物価は一流である。そしてラグーナ地区こそその最たるもので、ここに泊まると静かでのんびりとした時間を味わうことはできるだろうが、近くには何もない。
日本へ戻る日の夕方を、カタ・ビーチで過ごしながら、そこで催されるビーチ・バレーを眺めていた。タイ人もいれば、ヨーロッパ人もいる。みな楽しそうに歓声を聞きながら、暮れてゆく海を眺めていた。静かな時間がゆっくりと過ぎること。これが最大の楽しみである。いかに西洋化されようと、その時間感覚と明るく暖かい気候、それに静けさは、日本の都会にないものだ。そうである限り、私はまたプーケットに来たいと思う。さわやかな風がそうっと吹いてきて、木々を揺らした。一番星が山の頂にあるブッダのそばで瞬き始める頃、新しい年の静かな一日が今日も終わろうとしていた。
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