「もうこれが最後の海外旅行になるかも知れない」と思ったのは、丁度4年前のことである。2011年末、香港を経由したタイ・プーケットへの旅は12日間に及んだ。私はもう二度と来れなくてもいい、というつもりで滞在を満喫した。5つ星ホテルに泊まり、毎日豪華な朝食を楽しんだ後、広大なプールや夕日の美しいアンダマン海で泳ぐ。合間には長いうたたねと風そよぐビーチでのマッサージ、それにおいしい工夫をこらしたタイ料理。夜になればホテルのバーでバンドの演奏に耳を傾けながら、消えてゆく夜空の星を愛おしむかのように、何時間もの間、家族とともに過ごしたのだ。
もっとも当時、すでに日本人にとって、プーケットは評判のいい目的地ではなくなっていた。いつのまにか直行便はなくなり、2004年末に発生したスマトラ島沖を震源とする大地震の津波で大きな被害が出たこともあって、リゾート滞在先としてはバリやハワイには到底及ばない状況になっていたのである。ホテルで見かけるのは、代わって中国人とロシア人。町中にキリル文字があふれ、プーケットのケーブルテレビには滞在中のロシア人向けチャネルがあるほどだった。
あれから4年がたち、子供も少しは大きくなって、私は再びプーケットへの旅行を計画した。今回は妻の母親も連れていく。そして観光はせず一日中プールと海でずっと泳ぐ。疲れたら休み、休んだらまた泳ぐ。スイカのシェイクを飲みながらパッタイに舌鼓を打ち、時折やってくる物売りからアイスクリームなどを買って過ごすうち、やがて夕日は傾き、夜のとばりが下り始める。バーが大音量でディスコ音楽を流し始め、軒に色とりどりの魚を並べた観光客向けシーフード・レストランが呼び込みを始めるころ、一日のもう半分が始まる。トラックを改造した乗り合いタクシーに乗って買い物に出かけ、夜の屋台をめぐる。若干風紀は悪いが、それがプーケットで過ごすバカンスである。そのようにして毎日が過ぎてゆく。
あの眩い常夏のプーケットでの生活に、一体どこのビーチが最適だろうか。前回は何もわからず予約したホテルは、バンタオ・ビーチというところにあった。およそプーケットの喧騒とは隔絶された地域ではあったが、潟湖に囲まれたホテルはとても静かで海岸も広く、リラックスするにはうってつけの豪華リゾートだった。それに比べると最大のパトン・ビーチの猥雑さは家族向けには少々つらい。海ならもっとほかのビーチの方が綺麗でゆったりとできるだろう。
地図を見ながら私は、手元の地図で空港から南下する方向にビーチを手繰ってみた。プーケット島の西海岸は、北から順にいくつもの入り江に沿って細い道が続き、バンタオ・ビーチ、スリン/カマラ・ビーチ、パトン・ビーチ、カロン/カタ・ビーチの順に並んでいる。もちろんこのほかにもあるし、東海岸や離島も合わせるとプーケットの滞在場所の選択肢は、近年拡大するばかりである。かつてはバックパッカーの隠家だった南国の海岸は、もう何十年も前から俗化され、大型ホテルが林立する大都会へと変貌して久しい。それを嫌って観光客はさらに四方八方へと広がった。あちこちで道は渋滞し、狭い空港はさらに混雑する。物価は高騰し、海が汚れた。
それでもまだこの島は観光客を惹きつける。今回行ったビーチには大勢のヨーロッパ人、それもどういうわけかイタリア人とフランス人が大勢いた。彼らの行くイタリアン・レストランは、私がかつて食したもっともおいしいクラスのスパゲッティとピザを提供したし、予約が取れないほど人気のトルコ料理レストランまでもが、何の変哲もない道沿いにひっそりと建っている。ここはタイであってタイではなく、道行く人は外国人ばかり。でもタイというところはこれだけ多くの人々や文化を受け入れていながら、どこかしらタイらしさを失っていない。そこがすごいと思うのだ。
カタ・ビーチ。これが今回の滞在先である。空港から幹線道路を経由して1時間、チャーターしたミニバスで1200バーツ~1500バーツの距離である。私たちはその中でも少し内陸に入ったところにあるホテルに滞在することにした。もっと景色のいい便利なホテルが海沿いに所狭しと並んでいるが、そういうところは、騒々しい上に結構値段が高い。もっと言えば、カタ・ビーチの最上級ホテルはClub Medであり、カタ・ビーチ=Club Medということになっている。特にここに滞在するのでなければ、ホテルはむしろ少し離れた方がいい。カタ・ビーチのメインであるカタ・ヤニ・ビーチとその北のカロン・ビーチ、南のカタ・ノイ・ビーチは峠を越えてもほとんどつながっていて、大きなショッピングセンターはないものの、それぞれ小さな土産物屋やレストランが多数並んでいる。
プーケットのビーチは、それぞれ趣が少しずつ異なる。カタとカロンのビーチはヨーロッパ人が多く、そういう意味で他のビーチとは違う味わいがあるように思う。コーヒーやクレープ、それにアイスクリーム屋の美味しいところ(したがってえらく高い)があり、スターバックス・コーヒーもある。静かなプールではしゃぐ人もほとんどおらず、時折吹いてくる涼しい風が、さわやかに吹き抜けて体を冷やしてくれる。快晴の空にヤシの木は揺れ、その向こうの山の上に大仏の姿を仰ぐ。ホテルは質素でいて、かつ静かであり、日が傾くとタイ人の家族連れが今日もヴィラの窓を開け放ち、夜遅くまでバルコニーで話している。そばで子供たちが遊んでいる。カエルが池で鳴いている。あけ放たれたホテルのフロントで警備員がテレビを見ている。今日着いたばかりの宿泊客は吹き抜けのロビーで、笑顔の従業員に何かを聞いている。
何時間ものフライトで疲れた私たちは、朝日とともに一斉に鳴き始めた鳥の声で目を覚ました。私が海外旅行で最初の朝にすることは、近所の散歩である。今回もカメラを片手に海のそばまで歩こうと思った。真冬の東京から来た身には日差しがとても強く感じた。半年ぶりのTシャツに半ズボンという軽装が心地よく、私は何時間でも歩いていたい気分であった。
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