マッサージ屋などに行くとヒーリングのための音楽が静かに流れている。バリ島やアマゾンの鳥の鳴き声なども混じった自然の音であることも多い。これらはおおよそ有線放送のチャンネルをそのまま流しているケースがほとんどである。先日行った歯科でも、同じようなものが流れていた。
けれどもこのような「環境音楽」は、どことなく不自然で、しかもあまりムードがいいとは思えない。流している方はそう考えていないのだろうけれど、私の場合、間に合わせの音楽をテキトーに聞かされている感じがして好きになれないのだ。ある鉄道の駅で聞いた小鳥のさえずりも録音だった。どうせなら何も流さなければいいのに、などと思ってしまう。
さてこのような「癒し系」の音楽も、プロがちゃんと演奏すると一変する。もちろん演奏だけではない。そもそもいい曲でなければならないし、それらはきっちりと編曲され、十分に考えられた順序に並べられている必要がある。売られているCDなども、いいものになればちゃんと順序だって考えられている。耳に心地よいような音程とリズムの変化、楽器の選択などがそれに加わる重要な要素である。
前置きが長くなったが、「From Yesterday to Penny Lane」と銘打たれたタイトルのCDは、そのものずばりビートルズの曲が並ぶものである。手に取るとそれはすぐにわかる。ドイツ・グラモフォンの黄色いロゴ・マークに、ビートルズの曲となると、これは編曲ものである。大変珍しいCDではないか、と思いながら演奏者の欄に目をやると、スウェーデン生まれの世界的ギターリスト、イェラン・セルシェルとなっている。ジャケットの白黒の写真には、4つの姿勢でギターを抱えるセルシェルの姿。これはギターで聞くビートルズ、面白い、ということになって買い物かごに入れることとなる。
最初の曲「ノルウェイの森」を聞くだけで、いいCDを買ったと思った。静かに語りかけるような演奏は、これがしっとりと美しく、味わい深いものであることを示している。ゆったりとした時間が流れる。そのようにしてしばし何曲かに耳を傾ける。すべてお馴染みの曲だけど、メロディーがかなり深く変化して、透明な気品が漂う。
第6曲「カム・トゥゲザー」からは、そこにバンドネオンが加わるではないか。そのリズムは前衛的なタンゴである。第7曲「抱きしめたい」に入ると、さらにメロディックな感じがして何とも嬉しくなる。こういう曲にもなるのだな、と思う。
第9曲目から第11曲目までは、さらにヴァイオリンが加わる。マーティンの「Three American Sketches」という曲だそうだ。でも曲が賑やかになるわけではない。オリジナルで聞くビートルズはやかましい曲だが、ここで流れる上品な時間は、聞くものをしばしリラックスさせる。最高のヒーリング・ミュージックである。
もうどの音楽がどう、などということはどうでもいいことのように思えてくるが、第12曲目から始まる「ビートルズ・コンチェルト」というのがまたなかなかいいではないか。聞きなれた曲が弦楽合奏とギターの協奏曲形式となって全7曲も演奏されるのだ。ここに「イエスタデイ」も「ペニー・レーン」も含まれている。
なぜ私がこのような曲を必要としたのか。それはこの秋、指の骨折や目の異常な乾きにさいなまれる日々が続いているからだ。ある日私は、このままではいけないと思い、夜になって散歩に出かけた。ベンチに腰かけて、痛い目を閉じながら、気分を落ち着かせようと必死だった。いつも持ち歩くWalkmanに、たまたまこのCDのコピーが入っていた。私は時々間をあけて、夜の灯が運河の水面に反射する光景を眺めながら、静かにひとりこれらの曲を聞いて行った。何も考えたくない時間を、私はこの曲と演奏で過ごした。いいCDを持っていたものだと、嬉しくなった。遠くで汽笛が鳴った。
【収録曲】
1. Lennon: Norwegian Wood (The Bird Has Flown)
2. Lennon: In My Life
3. Lennon: Can't Buy Me Love
4. Lennon: The Long And Winding Road
5. Lennon: I will
6. Lennon: Come together
7. Lennon: I Want To Hold You Hand
8. Lennon: Help!
9. Martin: Three American Sketches - Westward Look
10. Martin: Three American Sketches - Old Boston
11. Martin: Three American Sketches - New York
12. Brouwer: Beatles Concerto
1. She's Leaving Home
2. A Ticket To Ride
3. Here, There & Everywhere
4. Yesterday
5. Got To Get You Into My Life
6. Eleanor Rigby
7. Penny Lane
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