今年は1月末から特に寒い日が続いていて、関東地方でも凍てつく寒さである。毎日朝の気温は氷点下となり、おまけに20センチもの大雪が降った。半世紀ぶりの低温記録は2月に入っても続き、1日にはまたもや雪が降り出す始末。この悪天候の中、受験生を抱える我が家では連日早朝から、試験、帰宅、合格発表という緊張した毎日が続いていた。
けれども耐えに耐え、ひたすら信じ続ける丸で闘病生活のような日々にも、ようやく一つの光が見え始めたのは、天候が少し回復した3日のことだった。まだ気温は低く空も曇ってはいたが、薄日が差し、風も少し穏やかだ。道端に残った雪の塊も、もう2週間もの間溶けずに固まっているが、それでも少しずつは小さくなっているように思える。
気が付けば節分、そして立春である。朝久しぶりに音楽を聞きながら、運河沿いの街を散歩した。雲の合間から差し込む白い光が水面に反射し、その上をカルガモが散らばってのんびりと浮かんでいる。風の強い夜などは、身動き一つしないで縮こまっているのとはずいぶん違う光景だ。まだ吹く風は寒いが、何かゆったりとした光景に、この寒さも峠を越えた感がある。
ウィークマンでたまたまジュリアーニのギター協奏曲第1番を聞いていた。伸びやかな伴奏と古典派の形式に合わせて進むギターのコードが、吹く風と合わさって心地よい。第1楽章のアレグロ・マエストーゾに合わせ歩みを進めながら、今年の冬を振り返っていた。例年にない寒さも、よっやくここにきて春の香りがかすかに感じられるのではないか。それに合うような、穏やかで落ち着いた曲である。
第2楽章のシチリアーノは、後年のレスピーギが書いた「リュートのための古風なアリア」を思わせるが、あのような憂愁を帯びた感じはなく、あくまで古典的である。そして第3楽章はうきうきとしたポロネーズとなっている。
マウロ・ジュリアーニはベートーヴェンと同じ時代に活躍したギターの名手であり作曲家である。 ナポリ生まれだがウィーンで活躍し、いまでは3つのギター協奏曲が知られている。リュートの流れを組むギターは、せいぜいこの時代までは協奏曲にも使われたが、音楽の規模が大きくなるにつれて、オーケストラとの競演の舞台からは姿を消していった。ギター協奏曲は、私も長年、ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を除けば、ヴィヴァルディの珍しい作品くらいしか思い浮かばなかった。
ギター協奏曲第3番は規模もやや大きく、いろいろ聞きどころの多い曲である。第1楽章はなぜかブラームスのハンガリー舞曲第7番などを思い出す。少しおかしみを込めたような表現は、独奏楽器が登場するまでの間、一通り主題を奏でる。ティンパニの堂々とした響きが奏でる壮大な部分と、室内楽的に精緻な部分がミックスするギター協奏曲の面白さが体験できる。
第2楽章はモーツァルトのピアノ・ソナタK311を思わせる旋律に驚くが、考えてみるとモーツァルトもジュリアーニも、同じ時期にイタリアとウィーンを行き来しながら活躍した作曲家である。そして第3楽章もどこかで聞いたことのあるような音楽で、親しみやすい旋律が続く。ポロネーズ。
ヘンデルやモーツァルトのようにドイツの作曲家がイタリアで音楽を学び、同時にイタリア生まれのロッシーニなどがウィーンで活躍した時代。ウィーン古典派がその隆盛を誇る19世紀の初頭の音楽は、私の場合、春を待つこの時期に聞きたくなる音楽でもある。
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