
東京文化会館の小ホールは、正方形を45度傾けたような形をしていて、その建築は若干古めかしいもののモダンで、なかなかいい音質だと私は思った。ロビーは広く、広い窓から見える上野駅前の雑踏からはかけ離れた空間である。やがて舞台を照らす照明の中に現れた青年は、まずスクリャービンのソナタ 第9番作品68「黒ミサ」という曲を弾き始めた。タッチの確かさと、揺らぎのない音感は、とても好感が持てる。あっという間の曲だった。
続くバッハのシンフォニア第9番へ短調BWV795を、続けて弾き始めたとき、私ははっと息を飲んで、椅子に座りなおした。少し眠くなっていたからかも知れない。ところが前半の最後の曲、バッハのパルティータ 第6番ホ短調BWV830を聞いている間中、それはそれは心地よい睡魔に襲われ続けた。演奏がつまらないからではない。何とも心地よい睡眠を誘うのは、その音楽か醸し出す音の波が、絶え間なく私の脳に一種の陶酔の状態をもたらしたからだ。安定した集中力と、その中に調和する繊細で確固たる音波のゆるぎない繰り返しは、バッハの構造的で夢幻的な面を十分に表現していた。
休憩時間にコーヒーを飲むと、頭がさえ渡り、後半のプログラムへ。まずシューマンの「アラベスケ」が聞こえてくる。私はここで、ロマン派はいいな、などと思っていたのだが、この曲が私の今日のお気に入りだったと思う。続く「晩の歌」もシューマンである。バッハとシューマン、それにスクリャービンに混じって、後半のプログラムは彼自身が作曲した「アラベスク」と練習曲第1番、第2番、第3番と立て続けに演奏した。自身の作品は、どこで切れ目があるのか(ないのか)もわからないので、拍手を挟む余地もなく一気に弾き終えた。
まだ始まって1時間半しか経過していない。そこでここからはアンコールということになる。何度か出てきてはお辞儀をすると、やおらピアノの前に座り、まずは「荒城の月」をアレンジした静かな曲でスタート。その後はオール・スクリャービンであった。それらは以下の通り。練習曲嬰ハ短調(作品42-5)、同嬰ニ短調(作品8-12)、同変ホ長調(作品48-8)、同嬰ハ短調(作品2-1)、同嬰へ長調(作品42-4)。アンコールは計6曲もあった。終わって会場を出ると、サイン会に並ぶご婦人方に混じって掲示されたアンコール曲を控えた。どこか間の抜けたロビーに向かうと、大ホールの「サロメ」はすでに終了していたことに気が付いた。
ナモラーゼというこのピアニストは、音の歯切れの良さが私の相性に合っているように思った。日曜午後のひと時を過ごすには、たまにはリサイタルもいい、と思った。
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