2024年4月26日金曜日

ラフマニノフ:交響曲第2番ロ短調作品27(ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団)

昨年のラフマニノフ・イヤーに因んで、交響曲第2番を取り上げようと思っていたのに忘れていた。季節はもう4月。寒かった冬は一気に過ぎ去り、今ではもう初夏の陽気である。チャイコフスキーとはまた別の哀愁を帯びたロシアのメロディーは、やはり秋から冬にかけて聞くのがいい、と昔から思ってきた。寒い冬空を眺めながら聞くロシア音楽はまた格別の味わいがある。そんな季節は過ぎたけれども、今年はこの曲を取り上げないわけにはいかない。すっかり軽装でも寒くない夜の散歩にこの曲を持ち出し、夜風に吹かれながら耳を傾けている。これはこれで、なかなかいい。それにしても何と美しいメロディーなのだろう。

ラフマニノフが交響曲第2番を作曲したのは、大失敗に終わった第1番の初演から10年程度経ってからのことである。あまりの落胆のせいで精神を病んだ作曲家は、ピアノ協奏曲第2番の成功あたりから自信を取り戻し、政情不安を逃れてドレスデンに滞在していた際に2番目の交響曲が作曲された。サンクトペテルブルクで行われた初演は(ここは第1番の大失敗を経験した町でもある)大成功に終わり、大作曲家としての地位を確実なものとした。

以上は、この曲にまつわる話としていつも記されることである。全4楽章を通して聞くと、1時間程度の長さとなるので、規模は大きい方である(かつては通常、省略版で演奏されていた)。しかし全曲を通して大いに親しみやすく、長さを苦痛に感じることはない、と言える。特に有名な第3楽章は、いつまでも聞いていたいような美しい曲である。ラフマニノフは天才的なメロディー・メーカーだと思うのだ。

第1楽章の冒頭は、低い弦楽器の憂愁を帯びたメロディーで始まる。ここを聞くだけで、壮大なロシアの大地へと誘われるようだ。このチャイコフスキーとはまた異なる雰囲気は、ロシア独特のものに発してはいるが、それを超えて何か普遍的なムードも醸し出す。そしてこの主題のメロディーは、手を変え品を変え、後半の各楽章でも顔を出すのが特徴である。交響曲がひとつの叙事詩のようになって、一体化している。まあ素人はそのようなことを意識するわけではないが、時にさっき聞いたメロディーが回想風に登場するのは、まるで映画の回想シーンを見るようで効果的だ。

第2楽章はスケルツォ。何かが突き進んでいくような音楽がいきなり顔を出す。まるでパトカーが犯罪捜査に出ていくような映画のシーンのようだ。でもそれがひと段落して、憂愁を帯びた旋律が流れる(中間部)。再びパトカーが走り去ると、甘美なメロディーが突如として現れる。第3楽章アダージョである。すぐにクラリネットが長いソロを吹く。伴奏する弦楽器が緩やかに波のように寄せては返す。

この第3楽章を思いっきり甘く切ない演奏に仕立て上げると、それは実演で聞くには大いに効果的だが、ディスクで繰り返し聞く時には注意が必要だ。他の音楽でもそうだが、過度にロマンチックになると、食傷気味になってしまう恐れがある。これでは繰り返しの聴取に耐えられない。ここは少し知的な節度があることが望ましい。私が初めてこの作品に触れたのは、1993年に録音されたミハイル・プレトニョフの指揮した一枚。当時ソビエトが崩壊し、食うのにも困るモスクワのミュージシャンを集めて結成された民間オーケストラが、ロシア・ナショナル管弦楽団だった(民営なのに「ナショナル」となっているのは不思議だが、ロシアという国家、その文化に対するこだわりだろう)。

ピアニストだったプレトニョフが率いたこのオーケストラは、西側のレーベル「ドイツ・グラモフォン」にいくつかの録音を行った。その中の一枚がラフマニノフの交響曲第2番だった。私はリリースされたばかりのこのディスクを購入した。録音は秀逸で、演奏も洗練されている。そのあたりが好みのわかれるところで、もっと土着的なロシア風の演奏を好む人も多いのだが、私は上述した「ちょっとした不満」が残る演奏の方が長く何度も聞けるのではないかという思いから、このディスクを所持し続けている。そして、あれから30年以上が経過したが、今でも時々聞いている。

甘く切ないムード音楽で始まるのが第3楽章だが、まるでミュージカルでも見ているような錯覚に捕らわれる。ここの音楽を実演で聞く時の感動は、ちょっとしたものだ。何せクラシック音楽のプロが大勢集まって映画音楽の如きメロディーを歌いあげ、そこに12分も続くのだから。

物語は大団円を迎える。第4楽章は速いアレグロで、冒頭は祝典風。時折、前の楽章のメロディーも顔を覗かせ、音楽がまたも憂愁を帯びたかと思うと、再び行進曲風の高揚が繰り返されて気持ちが昂る。音楽に聞き惚れているうちにコーダとなる。ロシア音楽をロマンチックかつ都会的にアレンジした作風は、ラフマニノフの真骨頂だが、この交響曲第2番ほどその傾向が顕著で、しかも長く続く作品は他にないだろう。長くこの曲が聞き続けられ、愛されているのは当然のことと言える。

なお、プレトニョフのディスクには「岩」(作品7)という短い管弦楽作品が併録されている。

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