2026年10月19日月曜日

チャイコフスキー:管弦楽曲集(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーには数多くの管弦楽作品があるが、その中でも特に有名な曲をカラヤンがゴージャスに演奏している。どの曲も聞かせどころを巧みにとらえたシンフォニックな演奏で、ロシアの情緒からはかけ離れているという向きがないわけではないが、それがどうした、演奏とはこうするものよ、と言わんばかりの説得力を感じる。どの曲のどの部分を聞いても、他の演奏では聞けない職人技が用いられており、聞いていて飽きないどころか、その表現の上手さに舌を巻く。

かつて交響曲や協奏曲のLPレコードの余白部分に挿入されていたこれらの小品を、CDの時代になって一枚にまとめたのが、このディスクである。カラヤン全盛期の60年代に演奏されたものであり、アナログ時代の香りも漂って懐かしく、今もって圧巻の存在感さえ醸し出している。私も実家にあったカラヤンのこれらの演奏をどれほど楽しんだものか。特にクラシック音楽を本格的に聞き始めた中学生の頃は、午後に帰宅しては友人を呼び、「今日はカラヤン、明日はバーンスタイン」などと演奏を比較しながら聴くのが楽しみだった。宿題もあって忙しかったが、将来にわたって時間が有り余るほどあるような気がしていた。

あれから半世紀近くが経って仕事の一線を退くと、再び自由な時間を持てるようになった。無限の時間を楽しんだ少年期に聞いた音楽を、もう一度聞いてみたいと思うのは自分だけではない。当時から親しんだ音楽や演奏は、今ではオンライン配信で簡単に手に入るから、躊躇する必要はない。そういうわけで、今日はチャイコフスキーの作品を聞いている。

まず序曲「1812年」。この作品はナポレオンのロシア侵攻に勝利したロシアのナショナリズムを喚起する作品で、いささか通俗的で下品だとして嫌う人も多い。実際に戦争の勝利を賛美する姿勢は、芸術の理念とは必ずしも相容れない。とはいえ、管弦楽の作品としてはなかなか聞きどころが多いのが事実で、あの真面目なアバドを含め数多くの指揮者が録音している。特に録音技術を競うコーダの大砲の音を別収録し、演奏に合わせて編集する方法によって、様々な演奏がリリースされているのは周知の事実であり、中には本物の大砲を用いて演奏したライブ盤さえ存在するようだ。

カラヤンの「1812年」にはもうひとつ特徴がある。冒頭に合唱が入ることだ。その合唱はロシアの大御所、ドン・コサック合唱団を、わざわざ鉄のカーテンの向こうから招いているというから豪華である。一方、「スラヴ行進曲」はリヒテルを招いて行われたウィーン響とのピアノ協奏曲の後に収録されていたことを覚えている。この作品もロシアへの愛を素直に表現する作品だが、カラヤンの重い演奏に最初は辟易しながらも、次第にその演奏の見事さに飲み込まれていった。

これに対し「イタリア奇想曲」の明るいメロディーは、チャイコフスキーの別の側面を見た気がした。いろいろ精神的な問題を抱えていたチャイコフスキーも、南の国イタリアでは随分と癒されたようだ。それが作品にストレートに表れているのが、この作品であると言える。この愛すべき作品には名演奏が多い。私はバーンスタインの演奏も気に入っているが、カラヤンの演奏を久しぶりに聞いてみて、冒頭のトランペットの圧倒的にふくよかな響きに、終始圧倒されっぱなしだった。

そういうわけで久しぶりにチャイコフスキーの気軽な作品を堪能したのだが、このディスクには組曲「くるみ割り人形」も収録されている。チャイコフスキーが自らバレエ作品を組曲用に編集したのは、この曲のみである。やはりここでも聞きなれた曲が、カラヤンの芸術的な指揮によって新鮮に蘇っている。

【収録曲】
1. 序曲「1812年」作品49
2. バレエ組曲「くるみ割り人形」作品71a
3. 「スラヴ行進曲」作品31
4. 「イタリア奇想曲」作品45

※カラヤンによるこれらの作品の演奏は、ドイツ・グラモフォンだけを見ても様々な組み合わせでリリースされている。ここで取り上げたのは「100 Msaterpieces」と題された一枚である。

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