ここにもう一枚、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のディスクがある。アメリカ・テキサス出身の23歳の若者が、チャイコフスキー・コンクールで優勝して凱旋公演をした際の演奏で、録音は優勝の年1958年5月30日となっている。記録では4月にコンクールが開かれているようなので、まさにその直後ということになる。伴奏は後に亡命を果たすソビエトの若手キリル・コンドラシン指揮のRCA交響楽団である。
いまから半世紀以上も前の録音ながら、いわゆる「Living Stereoシリーズ」という名録音の復刻である。SACD層もあるハイブリッド・フォーマット。当然DSDによるリマスタリングである。聞いた感じでは古い録音ながら大変良く、CD層でもSACD層でもあまり変わらない感じである。ヴィヴィッドで新鮮、オーケストラの音色が古いステレオとは思えないのは大変好ましい。
さて私はここのところ、この曲ばかりを聞いている。今日も朝からチャイコフスキーのピアノ曲ばかりを立て続けに聞いていて、やや食傷気味ではある。それでも飽きないのは曲が素晴らしいからだろう。東京の空は寒く、晴れ渡っているが、風があって運河の波が太陽光に反射してとても綺麗である。南向きの部屋は窓を閉めているととてもあたたかく、暑くさえなってくるがそういう時には窓を少し開けると乾いた風が吹き込んできてとてもすがすがしい。それで遠くには東京湾なども眺められる。
再び窓を閉めてCDの音量を上げると、古風な響きが部屋を満たした。残響を少し押さえているから、オーケストラがパンと音を切り刻む。ピアノの若々しい響きは、オーケストラとうま合わさっていて、どちらかが不足ということもない。演奏だが、一躍有名になったアメリカ人が、コンクール時の時の指揮者コンドラシンと共に、手に汗握る競演を行う。クラシックで唯一ビルボードのチャート第1位にランクインした唯一の演奏ということだが、そこまで気合が入っていたという事実を含めても、歴史的な出来事として感じる。この時期、東西の冷戦は雪解けの時期だった。フルシチョフがアメリカを訪問するのは翌1959年である。
このコンクールは政治的に利用されたのだろうか。思えばクライバーンは、その後数年間は米国で数々の録音を残すが、その後足取りは聞こえなくなった。私が音楽を聴き始めた頃にはすでに、クライバーンとは「伝説のピアニスト」であった。舞台から消えたグールドのように。 最近では久しぶりに演奏に復帰したようだし、クライバーン国際ピアノコンクールというのも開かれているから、活躍はしているのだろう。けれども彼をしてコンクールの光と陰を論じる人は多い。そのクライバーンは、今年8月に末期がんであることを告白している。
そういうわけでこの演奏を聞きながらいろいろなことを考えた。この演奏が録音されたニューヨークのカーネギー・ホールは、そのこけら落としにロシアの作曲家を指揮者として招いた。それこそ当時51際のチャイコフスキーだった。
眩しかった太陽があっという間に西の空に消えていった。ビルの隙間に萌える丹沢方面をわずかに赤く染めたようだが、すぐに冬の雲に覆われてしまったようだ。2012年ももうすぐ暮れようとしている。
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