
どうせ聞くなら最新の演奏で、と思いHMVのホームページなどを検索していると、日系の女性ピアノスト、アリス=紗良・オットの演奏がメジャー・レーベルでは最新版ではないかと思われた。さっそく手に入れて聞いて見ることにした。伴奏はトーマス・ヘンゲルブロック指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(2009年、Deutsche Grammophon)。
だがこの演奏は、大変きれいな音色で伴奏を含め十分なものだったにも関わらず、何かが欠けているような、つまりは感銘をさほど受けない演奏と感じられたので、ここに書こうかどうしようか、少し迷っていた。この聞き古された名曲には、限りない種類の録音があって、これまでに多くの演奏に出会っている。そしてそのうちの幾つかは、それこそ何回も聞いては感動し、「決定版」ではないかと一度となく思ったのである。そういう演奏と比較してしまうのだから、後から演奏する人は辛いだろうと思う。
ついでなので、それらを記述しておくと、まず私が中学生の頃から親しんだのは、エミール・ギレリスの演奏で、ズビン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックのライヴ盤。これは演奏が終わるのを待たず入る拍手を良く覚えているが、ロシア的な叙情性をたたえている点でも素晴らしい。
次にマルタ・アルゲリッチによる最も古い録音。伴奏はシャルル・デュトワ。アルゲリッチの演奏は以後、コンドラシンとの白熱のライヴ、90年台のアバドとのベルリンの演奏などもあるが、私はこのデュトワ盤が一番いいと思っている。

この曲の演奏は難しいと思う。とてつもない技巧も要求されるので、いまでは若手のレパートリーだが、それだけでも大変である。終楽章の高揚感とスピード感が心地よく、そのことを強調した熱演も多いが、ライブならまだしも録音となると、本当の素晴らしさは時おり立ち止まって感じる何とも寂しい情感ではないかと思う。晩秋に吹く木枯らしのようなわびしい部分や、凍りついた静かな夜中のこずえ、といった想像力をかきたてる場面が、第2楽章の途中や第3楽章にも顔を出す。特に第2楽章冒頭のフルートや、民謡風のメロディーは印象的に弾いて欲しい。これらがいかに表現されているかが、私にとっては重要である。オットの演奏は、上記の名演がそれとなく上手く表現する箇所を、いとも簡単にすり抜ける。それはそれで今風なのだが、この曲に関してはどうもちぐはぐな感じで残念でならない。もっと上手い表現ができるだろうに・・・。それは伴奏にも当てはまる。
ライヴでは上原彩子による演奏が思い出に残っている(デュトワ指揮NHK交響楽団)。これらの演奏についてはまた機会を改めて書こうと思う。
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