チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をいろいろな演奏で聞いてみたくなった。まことにきっかけというのは突然やってくるもので、もうほとんど聞くことはあるまい、などと勝手に思っていた自分が信じられない。十何年ぶりかの聴き比べである。一度惚れ込んだ演奏も、今では記憶が薄い。かと言って同じ曲をそう何種類もの演奏で聞けるほどコレクションはない。できるだけ同じ曲は重複しないように集めて来たからだ。
御茶ノ水のディスクユニオンに行って、どんな演奏が売られているか探って見ることにした。勿論中古である。私は原則輸入盤しか買わないから、選択肢は限られる。お目当ての演奏がないことも多いが、意外な演奏に出会うことも結構あって、だからこの買い物はやめられない。さて曲が曲だけに、売られている演奏は数多あった。その中から、私も知らなかったペーター・ヤブロンスキーのデッカ盤が目に止まった。
指揮はペーター・マーグである。ということはこのふたりは祖父と孫ほどの年齢差がある。マーグの指揮はモーツァルトやメンデルスゾーンで無駄のない、すきっとかっちりとした指揮が大変素晴らしく、好感が持てるものだ。それだけでこのCDに興味が湧いてくる。しかもデュトワを伴奏にピアノ協奏曲第2番と第3番もカップリングされている。2枚組なのにわずか480円、中古とは言え未開封の新品である。録音は90年台だし、デッカなので悪かろうはずはない。そういうわけで、このCDを手にレジへと向かうのに時間はかからなかった。第2番と第3番は初めての購入なので、重複が少ないことも嬉しい。
さてその演奏だが、なかなかいい。まずテンポがしっかりと地に足のついた感じで、比較的たっぷりとはしているが、決してダレないのは時おり適当に速いからだと思う。この曲は技巧を見せびらかすテクニカルな演奏、あるいはライブでの爆走の演奏が多いが、私はそのような演奏は、この曲の魅力を部分的に伝えてはいるものの、逆に伝え損なっている部分も少なからずあるのでは、と思っている。むしろ、時にゆっくりテンポ落とし、ピアノを中心としてダイナミックな曲の表情をつけるのが何よりの魅力である。チャイコフスキーの演奏は、強弱とテンポを適切に動かし、それでいて伴奏にすうっと融け合っていくところが聞きどころと言える。
古いロシア風の演奏が、まずその最右翼だろう。ところがこの演奏は90年台の演奏なので、音色はむしろモダンである。そのことに好感が持てる。第2楽章の冒頭のフルートは、私の理想の演奏だった!ここがそっけないと何ともつまらないのだ。そしてフィルハーモニア管弦楽団の管楽器の旨さは特筆に値する。特にオーボエのソロは、なんという事か、この曲の魅力を余すところ無く伝えている。ピアノはマーグの信頼感のある伴奏に乗って、決して派手ではないが、十分に迫力とメリハリのある演奏となっている!隠れた名盤ではないか、と思い始めた。
冒頭の序奏で一瞬曇った録音に驚く。これはデッカの音ではないと思うかも知れない。だが、もしかするとワンポイント収録風の、少し視点を後に引いた感じの録音にしたほうがいいというプロデューサーの判断によるものかも知れない、と思った。デッカの明快な音色は、あまりここでは期待できない。それだからと言って悪い録音とは言えない。
オットによる中途半端な演奏のあとで、素晴らしい演奏に出会った。ロシアの土の匂いのする演奏ではないにもかかわらず、まるで無国籍のただ綺麗なだけの演奏でもない。94年のリリース時にはこのヤブロンスキーの演奏が、そのような今風の演奏のように思われていたかもしれないが、オットの演奏に比べると、その傾向はまだかなり控えめである。オットはその傾向を和らげようと、時に少し意味有りげな強弱をつけたりする。だが、それがかえって不完全な印象を私に与えたのだった。
師走に入って一段と寒い空気が東京の空を覆っている。乾いて透き通ってはいるが、風が強くて雲が厚く、灰色になる。いつのまにか散り積もった落葉を踏みしめながら、会社へと向かう。耳元で鳴っているチャイコフスキーのメロディーは、そのような私の日常に、今はピッタリと似合っているように思う。
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