2012年12月8日土曜日

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23(P:マルタ・アリゲリッチ)

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を聴いていると、どうしても避けて通ることのできないディスクがある。それがマルタ・アルゲリッチによる3種類の演奏である。あまりに何度も聴いてきたし、これらのディスクについては多くのことが語られているので、わざわざ取り上げる必要はないのかも知れない。けれどもこういう機会でもなければ、まとめて聴く機会もそうはない。幸い手元には、メジャー・レーベルから発売されているこれらのCDが揃っている。そこで、意を決して聴き比べて見ることにした。

  1. 1970年録音。伴奏:シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ・グラモフォン)
  2. 1980年録音。伴奏:キリル・コンドラシン指揮バイエルン放送交響楽団(フィリップス)
  3. 1994年録音。伴奏:クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ・グラモフォン)
さて、これらの演奏は基本的に似たような解釈と考えるべきである。ただ、演奏の印象は少しずつ異なる。それは指揮者の違いと演奏がライブであるかという点である。特に演奏の速さは、随分と違う。CDのカバーを順に転記してみる。
  1. 第1楽章:21:08、第2楽章:7:28、第3楽章:6:48
  2. 第1楽章:19:07、第2楽章:6:20、第3楽章:6:54 ライブ録音
  3. 第1楽章:19:12、第2楽章:6:30、第3楽章:6:18 ライブ録音
もっとも遅いのが、いちばん古いデュトワとの演奏で、後の2つは前半がほぼ同じタイミングなのに対し、アバド盤では特に第3楽章がさらに大幅に早くなっている。これはおどろくべきことで、あの「白熱のライブ」(コンドラシン盤)をはるかに上回るのである。Allegro con fuocoのfuocoとは、イタリア語で「火」のことである。これはまた「花火」あるいは「情熱」という意味なので、この第3楽章はなりふりかまわず弾くのが良い、とされる所以である。しかしあまりに速く弾くには、テクニックがついてこないという問題点が生じる。ピアノならピアニストの問題だが、オーケストラもまたしかりで、しかもそれが上手く合わさるかという問題がある。

アバド盤は、ベルリン・フィルの力を得て大変に充実しているが、これがベルリンのベストかと言われると難しい。しかも録音が少し大人しい(この組合せにしては)。

これに比べるとデュトワ盤は安全運転の演奏と思えてくる。この時期このふたりは新婚時代だったので、まだ火花は散らしておらず、夫は大変協力的である。私がこの演奏を好むのは、伴奏がもっともいいと思うからで、特に聞かせどころではじっくりとテンポを落とす。しかもピアノの部分はアルゲリッチのセンチメントに溢れている。

コンドラシン盤はLPレコードが消えてしまう直前に、高価なライブ盤として緊急発売されたのを聴いた記憶がある。その時の印象では、随分荒削りで落ち着きが無いと思ったが、それをかき消すようなライブの高揚感はピカイチであった。コンドラシンがこの時期に急逝してしまうこともあって、この演奏は幻のライブと言われた。だが今ではシャイーの伴奏によるラフマニノフの第3番とカップリグされて安く手に入る。今回久しぶりにに聞き直してみると、なかなかいい演奏に聞こえてくる。挑発されて押され気味に聞こえたコンドラシンの伴奏も、ミュンヘンのオーケストラの協力的な関わりもあって、直線的でロシア的。演奏後に熱狂的な拍手も収録されている。ただ放送用の録音のせいか、やや平べったい。

再びアバド盤。この演奏には何もいうことがないのかも知れない。ここではアルゲリッチのすべてが凝縮されている。好む好まざるにかかわらず、これは彼女のひとつの頂点の演奏である。全体を通して技巧的なシーンの連続で聴くものを驚かせる。だが何度も聴いていると、新鮮さが失われていくのも事実で、音楽はそもそもその場限りの芸術ではなかったか、と思えてくる。アバドの指揮がピタリと寄り添い、音楽的完成度も高いので、評論家ならイチオシかも知れない。

何度も聴く演奏としては、やはりデュトワにつきる。けれどもこのような大人しい演奏は、3つの演奏の中からわざわか選んで買い求めるディスクとしては、古さ故のマイナスを感じざるを得ない。アルゲリッチを聴くならもっと彼女らしい2種類のどちらかがいいだろうし、じっくり聴くなら他のピアニストでもいいのだ。

コンドラシン盤はこの2つの巨峰の間にあって、やや損をしている。だが、この演奏にしかない魅力のようなものもある。それはライブ特有の高揚感である。アバド盤もライブだが、ここには拍手は収録されていない。そしてアルゲリッチとアバドのコンビは、これほど見事な演奏をしておきながらどこか余裕を感じさせるのである。それほどにまで彼らの息は合っている。そのためか、何度も聞きたくならないのだ。



3つの演奏でどれが一番好きかと問われると、私は第一にデュトワ盤を挙げる。次がコンドラシン盤ということだろうか。だが、第3楽章の興奮を味わうにはアバド盤をを置いて他にないだろう。

なおデュトワ盤はアナログ録音である。そして手元にある1985年リリースのCDは、アナ ログによるリマスタリングという、今となっては大変珍しいフォーマット(つまり「AAD」)である。そのことで私はこのCDを貴重に持っている。カップリ ングがアバドとのプロコフィエフで、これがまた大変素晴らしい。一方、コンドラシン盤は前述のラフマニノフ。カップリングを考慮すると、どのディスクがい いか、また悩みが深くなる。

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