2013年3月1日金曜日

シューベルト:交響曲第1番ニ長調D28(クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団))

シューベルトは1797年生まれだから、もうその頃にはベートーヴェンはウィーンにいてピアニストとして名を馳せていた。ベートーヴェンが交響曲第1番を作曲するのは1800年である。ウィーン生まれのシューベルトはその短い一生を終えるのが1828年で、これはベートーヴェンの死去の翌年である。このことはシューベルトがベートーヴェンの後に活躍するロマン派初期の作曲家である、という表面上の知識では誤解を生む可能性があるだろう。すなわちシューベルトの一生はベートーヴェンの後半生と重なっているのである。

シューベルトの音楽はそれゆえに、ベートーヴェンから影響を受けたということよりはむしろ、ハイドンやモーツァルト、それに師匠であったサリエリのようなイタリア出身の作曲家から多くを引き継いでいるように思われる。ベートーヴェンの後に彼を越えようとした作曲家は多いが、シューベルトはその中には入れないほうがいいと思う。シューベルトの音楽はベートーヴェンとはまた違った側面を持っているのは、このような理由からではないかと思う。

そのシューベルトの音楽を最初にどこで聞いたかについて思い出してみると、私の場合、中学生の音楽の時間に聞いた(聞かされた)歌曲「魔王」ではなかったかと思う。もちろんそれ以前に「未完成」交響曲のメロディーくらいには接していたとは思う。だがシューベルトを意識して聞いたのは、「魔王」が最初である。「魔王」は歌曲なので、シューベルトを習うというよりは、歌曲とはこのようなものですよ、と音楽の先生は教えた。この時少なくとも私はシューベルトについて深く考えることはなかった。

黒澤明監督の映画「天国と地獄」は(オッフェンバックの喜歌劇とはまったく関係のない映画で)高度成長の始まり頃の横浜を舞台にした刑事サスペンスである。貧乏な医学生が山手地区の高台の豪邸に住む裕福な実業家の男の子を誘拐して身代金を要求するのだが、その医学生(山崎努)の住む安アパート地区のドブ川の風景が初めて映されるときにシューベルトの「ます」のあのメロディーが流れる。これが2回目と思う。シューベルトの音楽の何とも天国的な美しさが、白黒映画のスラム街の描写に重なるのだ。

シューベルトの音楽は、単に甘くて切ない音楽ではない。寂寥感と孤独感に満ちているだけでなく、その中に潜む恐ろしいような衝動や暗さ・・・悪魔とでも言うべきもののような部分をも内在しているのではないかと感じる時がある。だから若干31歳で夭折したこの天才作曲家の人生は、何かとても不思議な好奇心を掻き立てる。それとともに、時には天国的に美しいメロディーと、時には空おそろいいまでの暗く孤独な旋律を、ちゃんと聞いてみたいと思っていた。

それにしてもあまりにシューベルトを知らなさ過ぎる。そこで手当たり次第にシューベルトの音楽を聞いてみようと思った。何から手を付けようか。モーツァルトよりは「年老いた」15歳頃に作曲を始めたシューベルトは、そのわずか15年後に没するまでの間に1000曲を書いたことになる。初期の作品の中にあまり有名なものはない。滅多に演奏されることもないこの時期の作品の中では、はやり最初の交響曲を無視するわけにはいかないだろう。そういうわけでまずは交響曲第1番ニ長調D28ということになる。この交響曲はコンヴィクトと呼ばれる寄宿制神学校時代の最後に書かれたようだ。当時彼は16歳であった。

この時期の作品としてはまだ明るさが全面に出ていて、屈託のない美しさに溢れている。演奏は数多く出ているが、目下のお気に入りはクラウディオ・アバドが指揮をしたヨーロッパ室内管弦楽団による全集からの一枚を今回は聞いた。序奏の最初から感興豊かな音楽で、ソナタ形式によるわかりやすいメロディーをしばし聞く。不思議なことに主題の再現部に来るかと思いきや、その再現部では序奏を含めて再現されている。もう一度最初から聞いて下さい、という感じである。

第2楽章アンダンテは歌うようなメロディーで、早くもロマン派の香りが漂う、などと書いてしまうのだが、あのベートーヴェンの第2交響曲の第2楽章だってこういう歌うようなメロディーである。ただこちらのほうが若い音楽である。ただきれいな音楽なので、春の夢のようにいつまでも聞いていたいような感じになる。シューベルトの音楽はあまり推敲の末に書かれたという感じではなく、一聴何の変哲もないようだが、ずっと聞いていたくなるような音楽だから凄いと思う。

第3楽章はメヌエット。何度も書くが、ここがスケルツォになってしまうと何かせわしなく、ただの舞踊音楽だと単調で飽きてくる。シューベルトは飽きそうにはなるが、踏みとどまって聞いていると耳が自然に歌に合ってくる。そしていつのまにか気分が変わって第4楽章に入るが、アレグロ・ヴィヴァーチェも爽快そのものである。

ヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したこの演奏は、アバドの瑞々しい感性と真摯な面がストレートに出ていて、とてもいいように思う。冬でも太陽の明るく降り注ぐ南に面した明るい部屋で、私はしばしこの曲に身を委ねていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...