
ところが第1番や後年の第8番など、注意深く聞いてきた続きに、何度も繰り返し聞いていると、不思議なものでこの曲が大変素敵な曲に思われて来た。シューベルトにかぎらずベートーヴェンの若い日の作品、メンデルスゾーン、ウェーバーなどの曲を親しんでいくと、ロマン派初期の作品がどういう傾向を持っているのかがよくわかる。そしてその過程がなければ、あの後期ロマン派も、その後の二十世紀音楽もなかったのだという事実が重く感じられる。
若い、ということはいいなあ、などと思いながら聞くシューベルトの初期の作品もいいし、初夏のきらめく光の中で、恍惚感に浸りながら聞くのもいいが、単に若書きの曲だと片付けてしまうことができない程、充実したものを持っているような気がする。そのせいかわからないが、シューベルトの交響曲の演奏は、他の作曲家の初期交響曲、たとえばメンデルスゾーン、ドヴォルジャーク、チャイコフスキー、などに比べると種類が多い。多くの巨匠指揮者が、生涯に一度は演奏し、録音を残している。
この交響曲第2番の場合、例えば序奏の堂々とした響き(モーツァルトの第39番の序奏に似ているが、言われてみるまでは気づかなかった)、第1楽章のほとばしり出るようなリズムと旋律(ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲に似ているが、やはり言われてみるまでは気づかなかった)は、第1番にはなかったような勢いで、もはやこの曲が大変充実したものであることがわかる。長い主題は繰り返されてさらに長くなるが、それでも演奏がいいと長くは感じない。
第2楽章アンダンテも、最初は単純で退屈な曲だと感じたが、聞き進んでいくとメロディーを口ずさみたくなってしまう。ハイドンによくあるような5つの部分からなる変奏曲である。続く第3楽章はメヌエットとなっているが、牧歌的というかウィーン的というか、よくわからないが良い曲。
第4楽章プレスト・ヴィヴァーチェ。途中で馬が駆けるようなリズムのあとで何かトルコ風のメロディーが一瞬姿を現す。純真で軽快なメロディーもからみ合って展開していくと、深みを増す気分となる。
この曲は当時ウィーンで流行だったイタリア風の演奏で聞いてみたい。木管楽器と弦楽器が程よく融け合うオーケストラがいい。そしてリッカルド・ムーティが指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏がそれにうってつけであることは言うまでもない。この全集はアバドの演奏と並んで80年代の名演だと思うが、なぜかあまり評判にならなかったようだ。だが、私はこの曲の魅力をこの演奏で味わった。
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