2013年4月17日水曜日

ワーグナー:管弦楽曲集(ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮フィラデルフィア管弦楽団)

さきごろ逝去したウォルフガング・サヴァリッシュは、優れたワーグナー指揮者であった。若いころ、当時最年少でバイロイト音楽祭に登場したことも有名だが、ミュンヘン・オペラの監督時代には「指輪」を含むすべての作品を上演しているという。そのサヴァリッシュが、フィラデルフィア管弦楽団時代に録音した珍しいCDがあることを発見し、さっそく購入した。

このCDには、いわゆる「管弦楽曲集」としてよく取り上げられる作品がほとんど含まれていない。その結果、多くの管弦楽曲集を持っているにもかかわらず「もう一枚」欲しいと思わせる戦略が功を奏している。そしてコレクションの隙間を埋めてくれる大変有り難い一枚である。

歌劇「恋愛禁制」はもはやほとんど演奏されることのないワーグナー最初期の作品だが、その賑やか極まりない序曲でこのCDは始まる。そして終わりは歌劇「リエンツィ」序曲で、こちらもフランス・グランド・オペラの影響丸出しの壮大な序曲である。いずれも若い作品で、元気溌剌、陽気である。ここでのサヴァリッシュは大人の響きで、大真面目に、あたかも晩年の作品のように演奏する。手を抜かない真摯な指揮ぶりは、ややぶっきらぼうだが、逆にサヴァリッシュの好感の持てるところである。

いや、サヴァリッシュの「リエンツィ」序曲を聞いていると、遠くの方で賑やかに鳴っている歌劇場の音の広がりと適度な残響が、ワーグナーらしい雰囲気を出していてなかなかいい。他の演奏、私が持っているレヴァインやマゼールの演奏も素晴らしいが、音の表情でサヴァリッシュはひとつ上を行く。

珍しい交響曲ホ長調は、未完成の単一楽章の曲で、完成された交響曲ハ長調とは別の曲である。だがこの曲はもしかするとハ長調よりもいい曲である。少なくとも私は好きだ。ここではもうひとつのワーグナーの側面、すなわちロマン派中期の曲調がすっきりと好ましい。

このような明るい曲の中で、異彩を放つのは「ヴェーゼンドンク歌曲集」(メゾ・ソプラノ独唱マリヤナ・リポヴシェク)である。楽劇「トリスタンとイゾルデ」の下書きを思わせるような独立した歌曲集は、ワーグナーのスイス亡命時代、ヴェーゼンドンク夫人との濃密な交際のあった頃に作曲されている。ピアノ用の原曲を管弦楽版に編曲したのはフェリックス・モットルであった(「春」のみ作曲者自身)。しかしサヴァリッシュはここで、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェによる1976年の室内管弦楽団用の編曲を採用している。

ヘンツェによる編曲により、オリジナルの曲よりも低いキーで歌われることになったらしく、他の作品に挟まれて少し変わったムードになる。それがいささかの違和感を禁じ得ないのは聞き手のせいだろうか。曲は5つで構成される。1.「天使」、2.「とまれ!」、3.「温室にて」、4.「痛み」、5.「夢」。個人的な感想で言えば、「天使」と「夢」が心に残る。解説書にサヴァリッシュ自身の文章が掲載されている。それによれば、「この編曲ではあまり使用されない楽器が使われ、30人程度の室内オーケストラ用としてより『私的』な雰囲気がもたらされている」という。そして「歌詞はリヒャルト・ワーグナーにのみ向けられ、音楽はマチルデ・ヴェーゼンドンクにのみ捧げられているように思える」と結んでいる。

サヴァリッシュはスター路線をひた走る指揮者とは一線を画し、極めて真面目で地味な活動を続けた。それは頑なでさえあって、時に他人からは冷たいとも思われたようだ。だが決して路線を踏み外したわけではなく、むしろ最後のドイツの巨匠として、多くのファンを得ていたように思う。このCDの企画はどのようになされたかを想像することは、少し楽しい。おそらくまだ録音していない曲にこだわって、そればかりを収録したのではないか。フィラデルフィア管弦楽団は、ここでワーグナーの残響を伴った響きに見事に変身している。


【収録曲】

1.歌劇「恋愛禁制」序曲
2.交響曲ホ短調
3.「ファウスト」序曲
4.ヴェーゼンドンク歌曲集(ヘンツェ編)
5.歌劇「リエンツィ」序曲

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