ワーグナーの最後の作品である舞台神聖祝典劇「パルジファル」は、抜粋で聞くことの難しい曲である。この音楽のどの部分をとっても、旋律を歌ってみることなどできない。ただ精緻にして荘厳な音楽がいつ途切れるともなく永遠に続くだけで、どの部分をとって繋いだとしても、この曲の全体像を見ることはできない。そもそも「パルジファル」にそのような安直な抜粋など、期待するほうが間違っている。なにせ神聖にして犯すべからざる音楽なのだから・・・。
と考えている人が多いからか、「パルジファル」の音楽を部分的に選択して収録したCDは、「指輪」とは違いほとんどない。だが2001年になって病気から帰還したクラウディオ・アバドは、ベルリン・フィルの音楽監督を辞任する直前に見事なワーグナー・アルバムをリリースし、その中心に「パルジファル」を据えた。このCDはアバドの真摯で安定感のある指揮と、ダイナミックでこの上なく美しく豊穣なベルリン・フィルによるもっとも成功した演奏のひとつであると思うほど素晴らしい。
「パルジファル」では、当然のことながら第1幕の前奏曲が最初に収められている。この曲は聞き手
をあっというまに別の世界へ連れて行く。私は家の中で静かに音楽を聞く時間がなかなか持てないから、携帯音楽プレーヤーにWAV形式でリッピングし、夜に散歩をしながら聞いている。運河沿いの歩道をひとりで歩きながら、頭のなかに重厚な和音が響き渡ると、まわりがいつもとは違う静謐で幻想的な光景に見えてくる・・・。
この音楽を聴き始めると、それをどう表現するかといったことが取るに足らないことのように感じられる。どのような言葉をもってしても形容しがたい音楽である。解説書によれば宗教性を感じさせるいくつかのモチーフや、管弦楽上の工夫が施されているという。だがそのようなことは、どうでもいいではないか。15分足らずのこの前奏曲は、2002年のザルツブルク音楽祭で収録された。
続いては第3幕からの音楽で、これをアバド自身が編曲したものである。実際には有名な「聖金曜日の奇跡」の音楽とそれに続く舞台転回のシーンで鳴る音楽などがつながっている。モンサルヴァート城の鐘の音は特注品だそうで、聖金曜日から続く部分ではやがてスウェーデン放送合唱団も加わる。どの部分をどう演奏しているかなどどうでも良く、ただこの音楽をずっと聞いていたいと思う。散歩の途中で足を止め、ベンチに腰を下ろしてしばし夜更けの音楽に浸る。たったひとりの至福の時間がここにある。
このような崇高な曲のあとに、なぜ「トリスタンとイゾルデ」が収められているのか、私には理解できない。この曲のこの演奏は悪くはないが、「パルジファル」の後に聞きたいとは思わないからだ。そういう収録時間があるのなら、第1幕の終わりの部分(聖杯の儀式)や、第3幕の前奏曲も付け加えるべきではなかったか。データを見ると、この「トリスタン」だけは2000年の録音とあるので、どう考えても違和感がある。
ただ最初に収録された「タンホイザー」の序曲は、最初に聞く音楽としては悪くない。それどころかこのアバドの演奏は大変充実している。完璧なベルリン・フィルの音も、少しこもったような残響を捉えていて、ワーグナー録音用の演出効果ではないかとも思われる。
【収録曲】
1. 歌劇「タンホイザー」序曲
2. 舞台神聖祝典劇「パルジファル」から「第1幕への前奏曲」、第3幕からの組曲(聖金曜日の奇蹟、鳴り響く鐘と騎士たちの入場、パルジファルが聖槍を高く掲げる)
3. 楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」
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