2013年9月17日火曜日

ヘンデル:歌劇「ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)」(The Met Live in HD 2012-2013)

東京に暴風雨をもたらす台風がやってきたが、昼過ぎには雨も上がり、夕刻の銀座のビル群上空は高層の雲が下から照らされて、丸で「パルジファル」の一場面のような光景が広がっていた。今日は昨シーズンに見逃したヘンデルの歌劇「ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)」のアンコール上映最終回を見に東劇へ。3連休最終日の夜は客の入りもまばらで、三越で買ったサンドイッチを持込んでスタンバイ。

ヘンデルの最高傑作のひとつ、歌劇「ジュリオ・チェーザレ」は、音楽的にも物語的にも見応えのある作品である。METでの今回の上演には、何と3人ものカウンター・テナーが登場した。 主役のジュリオ・チェーザレ(デイヴィッド・ダニエルズ)、クレオパトラの弟でエジプト王のトロメオ(クリストフ・デュモー)、それにクレオパトラの従者レニーノ(ラシード・ベン・アブデスラーム)である。彼らはもともとカストラートのために作曲された歌を歌う。

さらに驚くべきことに、冒頭で暗殺されるポンペイウスの、息子セストはズボン役である(メゾソプラノのアリス・クート)。これにもともと女性(女声)のクレオパトラ(ソプラノのナタリー・デセイ)とポンペイウスの妻コルネリア(メゾ・ソプラノのパトリシア・バートン)を加えると、高音域の歌手が主役7人のうち6人を占める。男声はトロメオに仕える悪役アキッラ(バリトンのグイド・ロコンソロ)だけということになる。アリアはたいてい3回同じ歌詞で繰り返され、その間を叙唱(レチタティーヴォ)で繋ぐ。チェンバロと指揮は、METおなじみのハリー・ビケット。

全3幕のバロック・オペラはとても長く、18時から体力勝負の4時間43分が始まる。演出はデイヴィッド・マクヴィカー。冒頭で案内役のルネ・フレミングが、舞台設定を古代エジプトではなくイギリス植民地時代だと紹介する。

歌劇が始まってすぐに、私は画面に釘付けとなった。序曲の間に左右からすこしづつ登場する側近たち。その対象的な配置と仕草が何ともコミカルである。鳴り響く音楽の響きに聴き惚れながら、歌が続く。カラフルなカーテンを幾重にも配した舞台によって場面が上手に変更される。歌詞がわかりきったような内容で、しかも展開がゆっくりしている。繰り返しも多いので、字幕をことさら追うこともなく、こちらもゆったりと画面に見入ることができる。繰り返しと言っても演技や表情付けが異なるので、見ていて飽きることがない。むしろ3回目にはそれまでの2回以上に確信に満ち、感情が増幅されている。その結果の何と説得力の強いことか。

いよいよ舞台に登場したクレオパトラによって、今回の上演の決定的な成功の理由が判明した。2ヶ月以上もヨガに通い、キビキビとした動きの多いこの演出に備えたという。その演技は、演出家へのインタビュー・ビデオによれば、インド映画をモデルにしているという。まわりの踊り手と合わせて彼女は歌いながら目まぐるしく踊る。同じ向きに手を回したり、横を向いたり、時にはステップを踏み鳴らす。そのリズムはバロックのリズムに合っているので、とても滑稽である。衣装は8回も変わるそうだ。

クレオパトラのいくつかの活発なアリアは、このようなデセイの独壇場であった。だがもちろん彼女の歌声は、静かなアリアにおいても冴え渡り、ある時は鎮痛と哀しみに震え、ある時は喜びに満ちている。この上演はクレオパトラを演じたデセイを除いて語ることはできない。

もちろんこの他の歌手もすこぶる良い。カウンター・テナーの3人の中では、トロメオのデュモーの声に独特の深みがあり、他の歌手を出しぬいていたように思われる。この他ではコルネリアとセストが良かった。2人のメゾソプラノによって歌われる第1幕最後の二重唱などは、バロック・オペラならではの素晴らしさである。

暗殺されたポンペイウスの妻(コルネリア)と息子(セスト)は復習を誓うが、簡単にトロメオによってとらえられてしまう。他にもいろいろあるが以上が第1幕。 一方、トロメオの姉であるクレオパトラは、密かにその侍女リディアになりすまし、チェーザレに近づく。彼女の目的はチェーザレに取り入ってエジプトの王女となることだったのだが、本当にチェーザレを愛してしまい、チェーザレも彼女を愛する。他にもいろいろあるが以上が第2幕。トロメオは野望のあまり、側近のアキッラ、姉のクレオパトラをも敵にまわしてしまう。復讐を再度誓うコルネリアとセストとも合流し、最終的にはチェーザレもかけつけて復讐を遂げる。クレオパトラはチェーザレと結ばれ、見事エジプト王女となる。ややこしいが以上がだいたいの第3幕。

この物語は史実に忠実だともいう。だとすればクレオパトラという女性は、野心的でありながら、苦難の多い女性だったと思う。だがそのような心情豊かな物語として息吹を吹き込んだのは、ヘンデルにほかならない。バロックのオペラと言いながら、その中身は実にドラマチックなのである。そのことが意外であった。そしてこれだけの充実した音楽に、飽きさせない演出を加えると現代でも実に楽しめる作品に仕上がる。この成功が近年のバロック・オペラブームの理由なのだとわかった。

この演出は2005年のグラインドボーン音楽祭と同じプロダクションだそうだ。この模様はDVDでも売られている。ただ一回りも二回りも大きなMETの舞台で上演するにあたって、ミュージカルにも通じるようなエンターテイメント性を加えたのではと思われる。デセイの演技が、象徴的にそれを示している。これで好きになれなかったら最後にしようと思ったヘンデルのオペラだったが、できればもう一度見てみたいとさえ思う結果となった。


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