意外にも私が最初に聞いたモーツァルトのオペラは「コジ・ファン・トゥッテ」であった。ムーティがザルツブルク音楽祭で上演したものをテレビで放送されたのがきっかけだった。とにかく重唱が多い、というのがその時の印象だったが、実演でも「コジ」は「魔笛」に次いで観た作品で「ダ・ポンテ」三部作のうちでは私のもっとも好きな作品となった。
その「コジ」のMET Liveでの今シーズンの上演は、音楽監督ジェームズ・レヴァインの復帰第1作で、ゲルブ総裁によれば「誰も復帰などできないと思っていた」ことが実現したのだからファンは総立ち、私もこれは見逃すまいと心に留めていた。「第一本人が復帰など信じていなかった」のだそうだ。
レヴァインの演奏は何か水を得た魚のように勢があって、病気で倒れる前に比べるとはるかに良く聞こえる。オーケストラを含め全員が共感しているからだろうか、そのほとばしる音樂はメリハリが合ってテンポも良く、アンサンブルも見事という他ない。
6人の主役は組み合わせを複雑に変えながら、観客を笑いの渦に巻き込んでいく。やはりモーツァルトはいい。ヴェルディやワーグナーもいいが、モーツァルトが一人いれば、それでいいんじゃないの、などといつも思ってしまう。これでもかこれでもかと美しい音楽がほとばしり出るのは、「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」でも同じだが、とりわけこの「コジ」はコミカルで、しかも芸術的な完成度が高いように感じる。
若い二人の姉妹に選ばれたのは比較的キャリアの浅い歌手達で、姉のフィオリディジーリにソプラノのスザンナ・フィリップス、妹のドラベッラにメゾ・ソプラノのイザベル・レナードという人である。彼女たちは第1幕でほとんど見分けがつかない。同じ衣装を着ているし、髪型も表情も似た者同士である。だが第2幕になると衣装の色を変えることで、二人の違いが強調される。すなわち言い寄るアルバニア人に最初になびくのが、声の低い妹の方で、姉はどちらかというと操を守ろうとする傾向が強い。インタビューに答えた姉妹は、ドラベッラとフィオリディジーリの性格の違いを解説する。ドラベッラは独身でいつづける事に恐怖心があった一方で、フィオリディジーリはそのあとうまく寄りを戻すことができたか、疑問も残るという示唆に富む話である(インタビューアはルネ・フレミング)。
この女性姉妹は相当練習を積んだようで、アンサンブルも見事だったし、歌詞の表情付けも素晴らしかった。とりわけ私が感嘆したのは、第1幕のフィオリディジーリのアリア「風や嵐にもめげず」。
一方の男性陣はフェルランドにテノールのマシュー・ポレンザーニ、グリエルモにバリトンのロディオン・ポゴソフ。いずれも欠点はなく、満場の拍手をさらっていた。二人の性格上の違いは、そのまま歌の音域に表れているように思う。フェルランドのやや単純とも言えるような表情の変化ぶりは、ベテランのこの歌手のいい面が現れて好感が持てた。
彼ら4人に勝るとも劣らないのが、このオペラをオペラたらしめている二人のコミカルな役者、デスピーナとドン・アルフォンソである。デスピーナはソプラノのダニエル・ドゥ・ニースによって歌われ、やや小柄で機転が利く小間使いらしさが良く出ている(どうしてもひところのキャサリーン・バトルと比較してしまうのだが)。一方若者に人生哲学を教えるのはバス・バリトンのマウリツィオ・ムラーノで、低音を活かした味わいのある歌は十分魅力的でかつ心に残る。
つまり6人が6人とも甲乙のつけがたい完成度を誇り、そこにレヴァインの指揮が加わると、モーツァルトの「コジ」の数ある上演の中でもこれはすこぶる高水準の演奏だったと思わざると得ない。録音された演奏でもなかなかこうは行かないようなレベルを実演で披露するのだから、やはりこれはすごいと思う。演出はアメリカ人女性のレスリー・ケーニヒ。定評あるオーセンティックな舞台で、コバルト・ブルーの海を見下ろす庭園のシーンが美しく印象的。
第1幕の集結部分では、いくつもの重唱が次から次へと出てきて圧巻である。これは「ドン・ジョヴァンニ」や「フィガロ」でもそうなのだが、モーツァルトの第1幕のフィナーレはいつもぞくぞくさせられる。しかも字幕を追うことで、ストーリーと歌詞が自然に理解できるというのは、今更ながら有り難いことだ。The MET Live in HDシリースも今シーズンは残すところ後1作品となった。来週ロッシーニの「チェネレントラ」を見た後は、昨年同様にパリ・オペラ座でつなぎ、夏休みのリバイバル上映で見逃した作品を楽しむつもりである。そして10月が来ると来シーズンが始まる。新演出の「フィガロ」をはじめとして、来シーズンもこの企画から目が離せない。
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