2014年12月2日火曜日

R.シュトラウス:管弦楽曲集(ロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)

今年亡くなった音楽家の一人にロリン・マゼールがいる。私はマゼールの演奏を特に好んでいるわけではないが、悪くはないと思っている。そして過去に4回、生演奏を聞いているがそのいずれもが大変感動的で、こういう指揮者は他にいない。だからマゼールの死を知った時は、これでもう彼の演奏を聞くことはできないのか、と残念に思った。8歳の時に初めてオーケストラの指揮をしたという天才指揮者は、最近でも健康に見えたのだが、それでも老いには勝つことはできなかった。

マゼールの指揮したCDを、コレクションの中から取り出して聞いてみることにした。何枚か候補はあったが、リヒャルト・シュトラウス没後150年ということもあり、管弦楽曲集を取り上げることにした。このCDは米国でのみ発売されたドイツ・グラモフォンのDG Concetsシリーズの2005/2006年版で、ライヴ録音。ジャケットにはエイヴリー・フィッシャー・ホールの正面写真が使われており、演奏の後には熱狂的な拍手も収録されている。ニューヨーク・フィルの定期演奏会は通常、4回程度同じプログラムで演奏され、前日には公開のゲネプロまであるから、それらから組み合わせて収録したのだろうと思う。

 「ドン・ファン」の冒頭からマゼールならではの芸術的官能美が堪能できるが、生演奏ということもあって徐々に熱を帯びてくる。決して醒めた演奏に終始しないのは、この指揮者が実は実演向きであることを示している。けれども発売されるCDはスタジオ録音が多かった。しかも作為的とも思えるようなフレージングに人工的だと批判されたり、計算されすぎたアンサンブルに優等生的で教条主義的と言う人もいたが、そうだとしても私はマゼールのそのようなところが好きである。その真価が良く現れているのが、やはりリヒャルト・シュトラウスの演奏ではないかと思う。「七つのヴェールの踊り」でも「ばらの騎士」組曲でも、いろいろな意味でこれはマゼールらしい演奏であると言える。

そのマゼールを初めて聞いたのは、カーネギー・ホールにおいてフランス国立管弦楽団を指揮したときのことだったと記憶している。このときのメイン・プログラムはサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」で、やはりアーティスティックな演奏。アンコールが二曲もあって、最後の「アルルの女」から「ファランドール」が聞こえ始めると、満面に笑みを浮かべたご婦人の客が印象に残っている。

2回目は大阪で聞いたフィルハーモニア管弦楽団のベートーヴェン・チクルスの一つで、交響曲第6番「田園」と第7番の組合せ。この「田園」の第2楽章以降の演奏は、舌を巻くほど見事で、私はすこぶる興奮したのだが、続く第7番がこれ以上ないような名演になったことは言うまでもない。アンコールの「エグモント」序曲に至っては、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。今思い出しても体温が上昇しそうだ。

3回目は再びニューヨーク。ピッツバーグ交響楽団の音楽監督の最後を飾る演奏会にジェームズ・ゴールウェイを招き、彼にささげられた自作の曲「フルートとオーケストラのための音楽」を披露した。ゴールウェイはさすがで、マゼールの曲もアーティスティックで面白かった。「バルトークは名演奏だがやや生真面目か。この演奏会でこのコンビの有終の美を飾った」とメモに残している。

第4回目は昨年の東京でNHK交響楽団の定期公演。ワーグナーの「指輪」の音楽を自らが編曲し、70分を超える長大な音楽絵巻「言葉のない『指輪』」を披露した。このときの印象は以前にブログにも書いた。

このように見てみると、マゼールの演奏はいつも最高水準を維持し、しかもそれを実に多くのオーケストラと実現させている。売られているCDを検索してもマゼールほど多くの管弦楽団と録音を残した指揮者はいないのではいか。これはそれ自体、マゼールの才能のなせる技だと思う。マゼールはこのような指揮活動に加えパフォーマンスもうまい指揮者で、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは80年代とそれ以降にもいくつもの名演奏が残っている(1994年など)し、ニューヨーク・フィルの平壌公演などは記憶に新しい(この公演がハイビジョンで中継されたのには驚いた)。

さらに個人的にCDで忘れられないのはヨー・ヨー・マと共演したドヴォルジャークのチェロ協奏曲だが、この「オフレコではないか」と揶揄された完璧に計算的な演奏は、別の機会に取り上げようと思う。また戦後の巨匠が一人亡くなった。享年84歳。


【収録曲】
・ドン・ファン
・死と変容
・七つのヴェールの踊り
・「ばらの騎士」組曲


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