
最初そう思ったのは、第3楽章の冒頭で気持ちが揺れ動くような、低くて速いピアノの音がとても印象的だったからだ。その時の演奏はよく覚えていないが、もしかするとクララ・ハスキルによるモノラル録音だったように思う。ノイズの混じる中に音楽がリズミカルに動き、同時にレトロな気持ちがした。だがほどなくしてその音楽はメヌエット形式の長い中間部に入る。そこでピチカートに乗って、ややスピードを抑えたピアノが何ともロマンチックなメロディーを弾く。第3楽章の中にもう一つの音楽が宿っている。
おそらく第1楽章の冒頭のちょっと変わった出だしも、第2楽章のオーケストラの不協和な響きも、当時としては画期的だったのではないか。モーツァルトのザルツブルク時代の最後を飾るピアノ協奏曲であるこの曲は、とても先駆的な作品である。そしてそこにつけられた愛称「ジュノーム」というのが、またこの作品を特別なものにしている。何せモーツァルトのピアノ協奏曲の中でニックネームがついているのは、「戴冠式」とこの曲だけなのだから。
「ジュノーム」というのは「若い男」という意味だと長い間思っていた。けれどもこれは人の名前だった。しかもジュノーム嬢。それが実際どのような人だったかはよくわかっていない。私はいずれにせよこの作品は、若いピアニストによって演奏されるのがいいと思っている。年老いた ピアニストが枯淡の境地で演奏するのも悪くはないが、これはまぎれもなくモーツァルト21歳の時の作品であり、しかも若い女性ピアニストに捧げられているのだから。
そういうわけでいろいろ聞いてみたが、一番気に入っているのは北欧のピアニスト、アンスネスの弾き振りによる録音だ。と言っても彼も1970年生まれということだからあまり若くはない。演奏はピリオド・アプローチも意識した速いもので、リズム感のいいタッチが現代的である。これまでかつてのもったりした演奏で聞いてきたが、今ではこのような演奏が好きになった。ノルウェーの団体らしく響きは透明で快活。若いモーツァルトに相応しい。
この曲の持つ際立ったコントラスト、ピアノ表現を一歩進めたような革新性。そういった部分をストレートに表現している。何度も言うように「ジュノーム」は、後年の想像を絶するような深みを想起させる「何か」を感じさせてはくれるが、同時に若いエネルギーに溢れた作品として私は聞きたい。
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