ファビオ・ルイージの指揮する前奏曲が流れると、会場は一気に引き込まれていった。マスカーニよりも音楽的に新しい要素が散りばめられた音楽は、この作品をほとんど聞いたことがなかった私を驚かせた。カルーゾの歌う「衣装をつけろ」は良く知っているが、そのメロディーが緊張感を持って奏でられた。幕が開く前にマイクを持って登場したトニオ(ジョージ・ギャクグニザ)は、まずはじめに前口上を述べる。
この物語は実際にあった話をもとにしている。愛し合う男女とその悲劇的な結末。それは何も特別な人にだけ起こるものではない。旅芸人の一座だって普通の人間と同じなのだ。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」の悲劇から50年後。同じ南イタリアの村ではすでに電気が通じ、自動車も走る時代となった。旅芸人の一座はそこでトラックの荷台を改装して舞台を作り、歌芝居を演じていた。座長の妻ネッダ(ソプラノのパトリシア・ラセット、それなのに筋書き通り馬に乗って登場する)は、夫のカニオ(テノールのマルセロ・アルヴァレス)の執拗な愛情に辟易していたのだろう。美貌のネッダをひそかに慕うトニオは、ある時ついにネッダに告白を試みるが、彼女は「毒蛇」などと罵って彼をあしらう。
トニオが自尊心を傷つけられてしまったあたりから、この物語の悲劇は進んでいく。おそらくもともと濃密で小さな世界に閉じ込められた人間関係の中で、隷属的な立場にあるトニオ、溺愛され精神的にも身動きの取れないネッダ、といったあたりがもうこの悲劇を起こるべくして起こさせる、と言ってもいいかも知れない。
ネッダを口説く男がもう一人いる。村の青年シルヴィオ(バリトンのルーカス・ミーチャム)である。いよいよ一座が村を去るという前日になって、ネッダとシルヴィオは駆け落ちを約束する。だがそのことをトニオが知り、トニオから告げられてしまった座長カニオは、うすうす感ずいてはいたもののやはりそうだったのかと悲しみのあまり泣きたい気持ちであるのに、今宵は道化師として人を笑わせなければならない自分のつらさを歌いあげる。有名なアリア「衣装をつけろ」である。このアリアはカルーゾによって有名となり、テノールの中でも屈指のアリアとしてその表現が確立された。彼の歌う録音はいまもって塗り替えられることのない音楽メディアの売上ベスト記録として有名である(古いモノラル録音だが私も持っている)。
さて第2幕に入る前の間奏曲が、またいい。ルイージの指揮はここでいっそう冴えわたり、巧みなカメラがオーケストラ・ピットを写しだす。何という美しい音楽。私はここから幕切れまでの間はほとんど釘付け状態であった。
劇中劇となって現実とフィクションの区別がつかなくなってゆくカニオ。音楽は喜劇と悲劇が巧妙に交錯する。視覚的にも圧巻であった。マクヴィカーの演出がここで真価を発揮した。それからラセットの歌うソプラノの奇麗な歌声は、ヴェリズモ歌いとして理想的なものであると思った。迫力がありながら威圧的でなく、澄んでいながら細くもない。その彼女が丸でストリッパーのような姿をして演じるのが、道化芝居のコミカルな舞台である。ジャグリングやケーキの盛り付け、冷蔵庫に閉じ込められるトニオなど、とにかく見せ場は盛りだくさんあるが、その滑稽な舞台が徐々に復讐の場と化してゆく。「もう道化師ではない」と歌うカニオは遂にネッダを刺し、横たわる彼女から駆け落ちの相手が観客に混じるシルヴィオであることを聞きだす。
客席にいたシルヴィオを捉えて彼をも刺し殺すカニオ。「これで道化芝居は終わりました」と、この舞台ではトニオが叫んだ。圧倒的な集中力の1時間余りが終わると割れんばかりの拍手。これほど音楽的に充実した、完成度の高い作品だとは知らなかった。私としては「カヴァレリア・ルスティカーナ」」よりもはるかにこちらの方が見ごたえがある、と思った。かつて見たゼッフィレッリの映画ももう一度見てみたい。
レオンカヴァッロは派手なマスカーニと違い地味で、オペラ作曲家としての活躍は対照的である。けれどもこの作品は若干25歳のトスカニーニによって初演されたらしい。もしタイムマシンの乗ることができるのなら、私はその初演に立ち会ってみたいと思う。
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