2016年9月30日金曜日

「不滅の日本行進曲傑作集」(𠮷永雅弘指揮陸上自衛隊第1音楽隊)

まだ王や長嶋や江夏や田淵が現役で、横綱といえば北の湖の時代、テレビのスポーツ中継は今とは比べ物にならないほどの国民的関心事だった。そのころ、プロレスのジャイアント馬場は黛敏郎の作曲した「スポーツ行進曲」に乗ってリングに登場するのが慣例で、この行進曲は、日本テレビ系列のスポーツ中継、すなわち後楽園の巨人戦でも使われており、同様に各放送局がスポーツ中継に使用する音楽は、ほぼ1つに決まっていた。今では中継大会毎に、けばけばしい歌手の騒々しい歌が放送されているが、昔はシンプルだったのだ。

クラシック音楽が好きになる前、小学生の頃は行進曲が気に入っていた。気に入っていたと言っても手元にレコードがあるわけでもなく、ただ単に、スポーツ中継で流れるテーマ音楽などが好きだっただけである。その各局の音楽は何という行進曲か、いまならWebでサッと検索できるが、当時は何年たってもわからないまま。そんなある日、当時まだあった民放FM局のクラシック番組「新日鐵アワー・音楽の森」を聞いていたら(午後4時から30分間の放送である。私は早くもラジオ少年だった)、作曲家の山本直純氏が古今東西の行進曲特集を放送しているではないか。

一週間続けての特集で、ここでもやはりスーザ、そしてヨーロッパの行進曲が流れたと思う。そこで面白かったのは、地域による行進曲の違いである。山本直純は様々なレコードをかけながら、曰くアメリカの行進曲は早く勇ましい、それに比べるとヨーロッパは少し遅い、などと解説した。その翌日にはとうとう我が国の行進曲について、何曲かが紹介された。

最初の曲は・・・「宮さん宮さん」(明治元年)という曲であった。日本の近代化は明治維新より始まるとされているが、早くもその最初の年に、我が国最初の軍歌が作曲されたのである。

軍歌と行進曲の区別は難しい。オスマントルコがヨーロッパへ進出し、太鼓やシンバルなどを用いた二拍子のリズムが流行した、モーツァルトやベートーヴェンがトルコ行進曲を作曲しているのはこの影響である。それから100年を経て日本でも西洋音階による行進曲が作曲されていく。

明治の近代化は富国強兵の時代でもあり、そしてそれはまた植民地主義の時代でもあった。戦争によるアジア諸国への侵略は、欧米の列強文明をいかに早く取り入れるか・・・つまり近代化をいかに早く達成するか、という戦いでもあった。音楽の側面においても、戦前の行進曲は軍歌の色合いが濃い。その中で今でも特に有名なのは、私の家にもかつてSPレコードがあった「愛国行進曲」と、パチンコ屋で流れる「軍艦マーチ」であろう。

「愛国行進曲」は次のような歌詞で始まる。「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば、・・・」この歌詞を私はSPレコードを聞きながら覚えたのだから殊勝な小学生である(だが私が右翼の活動家になることはなく、むしろ今ではかなり確信的なリベラルかつ護憲主義者である。念のため。)

この曲が作曲されたのはWikipediaによれば昭和12年のことである。公募によって元海軍軍楽長、瀬戸口藤吉の作品が選ばれた。その経緯は上記に詳しいが、驚くべきことはその応募数の多さである。何とこの時代に6万弱の応募があったというのだ。 そしてその瀬戸口が作曲したのが行進曲「軍艦」である。ただし時代は明治30年に遡り、今でもおそらく小学生にも有名だが、歌詞は古めかしく、文語調である。「守るも攻むるも黒鐵の、浮かべる城ぞ頼みなる・・・」

我が国の代表的な行進曲を、戦前のものまでも含めて一枚に集約したCDが発売されたとき、私は迷わずこれを買った。2004年ことである。演奏は三等陸佐𠮷永雅弘指揮の陸上自衛隊第1音楽隊。ジャケット写真には制服姿のブラスバンド。これで私の行進曲のコレクション全4点は完結したわけだが、ここの後半部分には、あのスポーツ中継のテーマ音楽が多く収録されている。それらは、以下のとおりである。
  • 毎日系・・・「コバルトの空」
  • 朝日系・・・「ウィーンはウィーン」(このCDにはないが、カラヤンのCDで)
  • 関西TV系・・・「ライツ・アウト」(このCDにはないが、フェネルのCDで)
  • よみうりテレビ系・・・「スポーツ行進曲」
  • NHK・・・「スポーツ・ショー行進曲」
ここで関西系のテレビネットで記述したのは、テレビ朝日について別の曲(「朝日に栄光あれ」)であるからだ。またこれらのテーマ曲はNHKを除き、今ではほとんど耳にしなくなった。

オリンピックの開会式でもまだ規則正しく行進することが常識だった時代、東京大会の入場行進は、このCDにも入っている古関祐而の名曲「オリンピック・マーチ」により始まった。我が国初めてのカラー放送は、国立競技場の先頭を行進するギリシャ選手団を捉える。曲に乗せて鈴木文弥アナの名調子「行進の先頭はギリシャであります。群地に白のギリシャ国旗が、レンガ色のトラックに映えます。白く高い南ヨーロッパの太陽、青く深いエーゲ海の海を象徴するかのような国旗を先頭に、ギリシャ選手団の入場であります・・・。」

いまどき整列行進するのは、自衛隊の観艦式を除けば、高校野球の入場行進と北朝鮮のパレードくらいだが、このCDには「若い力」(国体のテーマ曲)、「栄光は君に輝く」(全国高校野球選手権大会のテーマ曲)なども収録されている。ところが、これほどにまで国民的なマーチを集めておきながら、そして古関祐而の曲が3曲も入っていながら、誠に残念なことに「六甲おろし」が入っていない。


【収録曲】
1.須磨洋朔:行進曲「大空」
2.江口源吾:連合艦隊行進曲
3.吉本光蔵:君が代行進曲
4.江口源吾:行進曲「千代田城を仰いで」
5.小原政治:行進曲「偉大なる武人」
6.江口源吾:観艦式行進曲
7.斉藤丑松:行進曲「愛国」
8.陸軍戸山学校軍楽隊:行進曲「威風堂々」
9.水島数雄:行進曲「希望に燃えて」
10.斉藤丑松:行進曲「太平洋」
11.瀬戸口藤吉:行進曲「軍艦」
12.古関裕而:スポーツ・ショー行進曲
13.黛敏郎:スポーツ行進曲
14.レイモンド服部:行進曲「コバルトの空」
15.高田信一:行進曲「若い力」
16.古関裕而:オリンピック・マーチ
17.古関裕而:行進曲「栄冠は君に輝く」
18.堀滝比呂:行進曲「凱旋」
19.𠮷永雅弘:行進曲「勇敢なるらっぱ手」
20.團伊玖磨:祝典行進曲

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