台湾のガイドブックを見ると、その鼎泰豊を絞ぐお店があるという情報もあるが、それを経験するにはやはりまず台北で鼎泰豊を試さないわけにはいかない。比較のしようがないからだ。そこで私はホテルのフロントに鼎泰豊の店の場所を聞くことになった。そのデスクの彼曰く、台北にはいくつかのお店があるが、本店でなければならないのだという。そんなにまで言われたら、やはり本店を訪ねないわけにはいかない。だが彼は「朝行ってもお昼過ぎになるよ」という。美味しいものに目がないい台湾人は、まさに食べることにかけては世界一の情熱を示す。長蛇の列をなしているのは想像に難くないのである。
バックアップとして「他にいい小籠包のお店はないの?」という私の問いに彼は、マネージャと相談し、やや高級ではあるが別の店を紹介してくれた。そこは少し高いが、並ぶほどのこともないようなのである。
それはすぐに見つかった。地上に出ると多くの人がその前にたむろしており、番号を読み上げる店員の声がスピーカーから聞こえてきた。おおよその待ち時間を示す電光表示板には120分とあり、現在案内中のチケット番号が表示されている。待っている客には観光バスで乗り付ける人たちもいる。案内は日本語や韓国語でも行われていることから観光客の多さも窺える。その様子にあっけにとられた私たちは、自分の番号が呼ばれるまで近くの街を散歩して過ごすうち、いよいよばかばかしくなってきたものの、かといって引き返すわけにもいかず、とうとう大晦日の14時に入店することとなった。
狭い店内を3階に案内され、ちゃんとテーブルクロスの取り換えられた席で私たちが口にした小籠包の味は…とここに大袈裟に書くほどではないが、大変美味しかったことは確かである。一口に小籠包と言っても様々なものがあり、私たちはトリュフの入ったのやエビの入ったものなどを惜しげもなく注文したが、それらは口の中でぷちっと弾け、なかからジュワーと汁が噴き出すのである。噴き出した汁は中身の具のにおいを放ちながらも生姜入りの醤油にまみれて得も言われぬハーモニーを醸し出す。付け合わせとして頼んだ空心菜の炒め物など、どれも大変美味であった。ただ妻曰く、上海店もどの感動はなかったそうである。
ついでながらホテルのフロントマンが紹介してくれた別のお店にも、元旦である翌日に出かけることとなる。紹介された店は松山にあったのだが、私たちが出かけた頃はもう閉店時間を過ぎていたことが判明し、急遽行先を「そごう」に入っている同じレストランの別店に変更した。ここの8階で上海料理のレストランとして流行っていたこの店にも若干の列ができており、もう夕方になろうとしているのに直ぐには料理にありつけない。お正月だからだろうか。とにかく台湾人の食事にかける情熱は物凄いものである。ここの小籠包は決してまずくはなかったが、鼎泰豊のあの触感はなかった。おそらく鼎泰豊の小籠包は特別なものなのだろう。
台湾料理の味は凡そ薄味である。その大元は福建省由来のものである。私はその味が好きだ。東日本の塩分過多な食事に比べると、私はむしろ親近感さえ覚える。そこに加えて長く植民地政策が続いたことにより、日本料理の影響もあるらしい。みそ汁や稲荷ずしを普通に食べる習慣が台湾にはあるらしい。そういったこともあって台湾の料理は、日本人にとって特別な印象を残す。戦時中、日本本土の食糧基地として豊富な農産物を提供した台湾の自然があってこそだが、その料理文化は大変に豊かだと言わざるを得ない。
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