2017年2月19日日曜日

ロッシーニ:序曲集(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

米坂線というローカル線がある。JR米沢駅から新潟県の坂町までの90キロ余りを主に荒川に沿って走る。米沢は奥羽本線の大きな駅で山形新幹線も停車するが、その米沢駅の隅っこにある目立たないホームから、わずか二両編成の列車が出発してゆく。

米沢盆地の初春を私は22歳の時に数週間ばかり過ごしたことがある。自動車運転免許証を合宿で取るため、ここの赤湯温泉に滞在し、長井市にある教習所へ通ったからだ。雪解けが続く4月初旬のことで、遅い春を待つ北国の風景は私にとって思い出深いものである。

その地方都市にある教習所は、マイクロバスによる送迎を非常に広範囲に行っており、もっとも遠くは新潟県との県境にある町、小国であった。教習が終わって最終日に、私は大阪へ帰ることになり、福島に出て東京経由で帰るよりも新潟から帰れないかと考えた。一緒に過ごした新潟大学の学生と、同じく神戸へ帰る同い年の学生の4人で、マイクロバスの運転手に交渉したところ、快く坂町まで送迎してくれることになった。坂町は小国を越えて日本海側に出た羽越本線の小さな駅である。

この時にバスで通った道は国道で、薄暗く雪深い中を猛スピードで走行し、夜の坂町に到着した。そこの駅前で風変わりなカレーライスを食べた後新潟へ出て、そこからは夜行列車(急行「きたぐに」)の普通車で大阪へ帰った。

前置きが長くなったが、そのルートを通る米坂線に乗る機会があり、何十年ぶりかに訪れた米沢は深い雪の中にあった。小国を越えて坂町まで行くルートは、吹雪が途切れることはなく、その風景は寒々として私をしばし憂鬱にさせた。こういう時、何か陽気な音楽でも聞きたいものだ、と思った。そうしたら手持ちのWalkmanにカラヤンのロッシーニがコピーされているではないか。さっそく聞いてみる。ローカル線の心地よい線路音に合わせ、クレッシェンドのリズムが響く。

ここで私は歌劇「ウィリアム・テル」序曲を久しぶりに聞いた。小学校の音楽鑑賞会以来、何度も親しんできた曲だが、ここのチェロの静かなメロディーがカラヤンの十分に長い時間をかけてゆったりと演奏されるとき、北国の冬景色は囲炉裏の前で暖を取る光景に変化したし、それから続く嵐のシーンもまた、窓の外で横殴りに打ち付ける雪の粉に奇妙に合わさって私を快い気分にした。

カラヤンがこの頃に録音した一連の歌劇等の序曲集は、いずれも完成度が高く、こういったオーケストラの小品集でもまた、カラヤンでなければならないと思わせるような、真面目で純音楽的である。それはロッシーニだからイタリア風に、とかオッフェンバックだからフランス風に、といった固定概念を越えている。例えばスッペやヨハン・シュトラウスにしても、カラヤンはベルリン・フィルと演奏して録音を行っている。そのいずれもが、今聞いても色あせるどころか、昔はこういう作品のひとつひとつに丁寧に耳を傾け、心を躍らせていた少年時代があったのだなあ、と懐かしく思う。

「セミラーミデ」は最も長大だが、一番聞きごたえがある曲で、私は他の誰の演奏で聞いても最終的には好きになる。一方「どろぼうかささぎ」序曲は3拍子の浮き立つようなリズムが新鮮で、この曲を初めて聞いた時などは、しばらく耳にみびりついて離れなかったくらいだ。聞き古した「セヴィリャの理髪師」をカラヤンで聞くと、やはり音楽というのはいいな、と思う。

というわけでロッシーニの心洗われるようなリズムとメロディーに耳を傾けているうちに、私を乗せたがら空きのローカル線は坂町へ到着した。ここの駅前でかつて私を驚かせたカレーライスを出した食堂がまだあるだろうかと探したら、どうやらそれらしい店が見つかった。30年以上ここは何も変わっていないように見える。その時は夜だったが、今回私はお昼の羽越線を新潟方面へ向かう。すると向こうのほうから光が差してきた。新潟平野は雪も少なく、そこだけが青空に輝いている。通学途中の高校生が乗ってきては下りてゆくのは、昔も今も変わらない。信濃川を渡り新幹線の高架が見てくるころ、列車は新潟駅に到着した。


【収録曲】
1.歌劇 「セビリャの理髪師」序曲
2.歌劇 「どろぼうかささぎ」序曲
3.歌劇 「セミラーミデ」序曲
4.歌劇 「ウィリアム・テル」序曲


※今回取り上げたCDにはこのほかにスッペの序曲が収録されている。かつて我が家にはロッシーニの序曲のみを収録したLPレコードがあって、上記の他に「絹のはしご」「アルジェのイタリア女」が収録されていた。クラウディオ・アバドの序曲集(2種類ある)と双璧をなす演奏として親しんだものだ。もっとも当時、レコード雑誌で絶賛されていたのはトスカニーニであったのだが。

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